脂肪滴の蓄積を抑制する遺伝子を探索する新たなスクリーニング手法を開発
~RNA干渉による脂肪滴を標的としたがん治療などに応用期待~
東京工科大学(東京都八王子市、学長:香川豊)大学院バイオ?情報メディア研究科の杉山友康教授、丸山竜人助教(研究当時、現:立教大学理学部助教)の研究グループは、がん細胞株における脂肪滴の蓄積を抑制する遺伝子を探索する、RNAi(RNA干渉)ライブラリーを用いた新たなスクリーニング手法を開発しました。
本研究成果は、2023年11月20日に国際生化学?分子生物学連合の学術誌「BioFactors」オンライン版に掲載されました。
【研究背景】
遺伝子治療は、低分子薬や抗体医薬による創薬では不可能な分子を標的にできることから、RNA干渉技術によるがんに関連した機能を持つ遺伝子を探索する研究が進んでいます。同研究グループでは、小胞体に過剰なストレスを受けた細胞が生体の恒常性を保つために自ら死滅するシステム(小胞体ストレス誘導性細胞死)に関連した新規遺伝子の探索に成功しています。脂肪滴は、過剰な脂質の貯蔵に加え、エネルギー代謝や細胞の恒常性を維持するために重要な細胞小器官として知られています。また脂肪細胞に多くみられる一方、非脂肪細胞への過剰な脂肪滴の蓄積は非アルコール性脂肪性肝疾患や様々ながんを誘発することが示唆されています。これらから、脂肪滴を標的としたがん治療が期待されています。
【研究内容】
本研究では、人工配列を多く含むshRNAライブラリー(注1)を用いて、脂肪滴の蓄積を抑制する遺伝子を探索する新たなスクリーニング系の構築に取り組みました。約3000種のshRNAプラスミドを導入したヒト大腸がん細胞株(HCT116)に脂肪滴標識試薬(注2)を処理したのち、セルソーターを用いて標識試薬の蛍光強度の高い(脂肪滴の蓄積が多いと考えられる)細胞を分取。これら細胞に含まれるshRNAプラスミドを抽出し、本研究室で独自に開発した解析ツール(注3)を用いてshRNA配列の標的となる7種類の候補遺伝子をリストアップしました。このうち、MED6遺伝子はRNAポリメラーゼIIを介した転写に重要な役割を果たしており、同遺伝子の発現をRNA干渉法により抑制したところ、対照群と比較して脂肪滴の蓄積が増加しました。また、脂肪滴の主成分であるトリグリセリドの合成に関与する遺伝子などの発現が低下しました。以上のことから、MED6は脂質代謝に関与する遺伝子の発現を転写レベルで制御することにより脂肪滴の蓄積を抑制することが示唆されました(図1)。
【社会的?学術的なポイント】
本研究では、MED6遺伝子が脂肪滴の蓄積抑制に関与することを発見しました。脂肪滴を標識する試薬以外の様々な細胞機能を検出する蛍光色素を応用することにより、人工配列を多く含むshRNAライブラリーを使用したスクリーニング戦略が期待されます。また、MED6遺伝子の発現を増強する化合物や食物の探索などへの応用が期待されます。
※本研究は、研究力の向上と研究活動の活性化を目的とした本学独自の助成制度「共同プロジェクト(A)」として行われました。
【論文情報】
論文名:A new strategy for screening novel functional genes involved in reduction of lipid droplet accumulation
掲載誌:BioFactors
掲載URL:https://doi.org/10.1002/biof.2019
【用語解説】
(注1) shRNA / shRNAライブラリー: shRNAとは、RNA干渉を引き起こすヘアピン構造のRNAであり、細胞の中で相補的な塩基配列のmRNAに特異的に作用して、そのmRNAを分解する分子機構を活性化する機能を持つ。shRNAライブラリーとは、RNAi(RNA干渉)ライブラリーの一種であり、様々な塩基配列のshRNAを利用可能な分子としてまとめたもの。ライブラリーは細胞内でshRNAを生合成して機能させるベクター発現型として供給される。
(注2) 脂肪滴標識試薬 BODIPY 493/503:生細胞内の脂肪滴(中性脂肪を取り込んだオルガネラ)を標識する親油性の蛍光色素。
(注3) 解析ツール「SPICE」:shRNAの配列情報を利用して、shRNAの標的遺伝子に関する各種の情報を検索するウェブツール
(https://doi.org/10.1186/s13637-016-0039-8)。
■東京工科大学応用生物学部 機能性RNA工学(杉山友康)研究室
遺伝子の働きをノックダウンする独自技術を中核として、核酸医薬の探索、遺伝子の新しい機能解明、細胞の制御、モデル動物の解析等によって新しい核酸医薬の創製を目指します。また、新属新種の細菌 Flexivirga albaを解析して、土壌環境汚染の浄化に寄与する技術開発を目指します。
[研究室ウェブサイトURL] https://sugiyama-lab.bs.teu.ac.jp
【主な研究テーマ】
1.遺伝子ノックダウンした細胞の高効率評価による核酸医薬探索
2.再生モデル動物を利用した核酸医薬評価系の開発
3.がん幹細胞の画像ディープラーニングとその応用
4.六価クロム汚染浄化法の基礎研究
■応用生物学部WEB:
/gakubu/bionics/index.html