「誰もが使える安全?安心な化粧品原料をつくりたい」
応用生物学部 柴田雅史 教授
■先生の研究室では、どのような研究をされているのですか?
この研究室では、敏感肌やアトピー肌の方でも安心して使える化粧品原料や化粧品製剤化技術の開発に取り組んでいます。最近は、敏感肌?アトピー肌という人が非常に増えていますが、そうした肌トラブルを持つ人は、気軽に化粧品を使うことが難しい現状にあります。というのも化粧品を使うことで、肌の状態をもっと悪くしてしまう場合があるからです。本来、肌を美しく、心を豊かにするはずの化粧品が、逆に悲しい結果を招いてしまうこともあるわけです。そこで私たちは、安全?安心な材料をつくり、誰でも使える化粧品の開発につなげていこうと追究しています。
例えば、ナノ細孔体を使った研究テーマがあります。ナノ細孔体とは、ゼオライトやメソポーラスシリカなどの無機多孔質粉体のことで、ちょうど分子が1、2個入るくらいの、数ナノメートルの孔が均一に、無数にあいているという特徴を持つものです。これらは太陽電池への活用や二酸化炭素からガソリンを生成するための触媒として研究されている最先端の材料です。そんなナノ細孔体と人間が長年、共存してきた安心?安全な天然素材とを組み合わせて、新しい機能を持つ化粧品材料をつくろうと研究しています。具体的な例では、海草や果実、花から抽出した天然色素をナノ細孔体の孔に吸着させ、安定化をはかるという研究。人工的につくられた合成色素は、肌のトラブルを招く要因になりやすいので、できることなら天然色素を化粧品に使いたいわけです。ところが天然色素には、光や熱で色あせたり、水に溶け出したりするという欠点があります。その問題を解決しようと、ちょうど花びらの中で色素が安定した状態を保っているように、天然色素をナノ細孔体の孔の中で安定させようと試みています。
他に、口紅やグロスなどに使われている油性ゲルの構造をミクロレベルで解析し、それに基づいて植物由来のゲル化剤を高機能化することで合成原料よりも保湿力が高く、唇が荒れにくいものをつくるための技術開発に取り組んでいます。
■化粧品原料の研究開発における課題や難しさとは、どんなところにありますか?
化粧品としての機能に加えて、安全性と安定性を両立させることに苦労しています。安定性とは過酷な温度や条件に長時間おかれても性能が変わらないということです。例えば、私たちが研究している海草から抽出した色素はとっても美しい蛍光色を発するのですが、残念ながら熱を加えると色が消えてしまいます。化粧品を製造するときは、必ず熱を加えますから、このままでは化粧品原料として使えません。この研究室で使っている海草や果実、花などから抽出した色素は、実は食品などでよく使用されているものです。ただ、食品と化粧品の色素の用途はまったく違います。食品における色素は、商品自体に色をつけることで、おいしそうに見せる役割があります。また、保存状態は一定ですし、賞味期限も決まっています。一方、化粧品は、色そのものを使って効果を出す必要があります。つまりその色自体が目的ですから、当然、色が少しでも変わるなどということは許されません。しかも直接、肌に塗り、常に外部からの刺激にさらされるうえ、かなり長い期間使い続けるものです。それゆえ、肌に塗る化粧品には、安定性と安全性を達成するためにより緻密な設計が求められるのです。意外に思うかもしれませんが、実は人間は、食べることよりも皮膚に塗る方がトラブルを起こしやすいのです。色素ではありませんが、例えば山芋をすった“とろろ”などは最たるものですね。皮膚についたらかゆいですが、食べる分には防御機能が確立されていて問題ない。食べる行為は、人類の長い歴史にわたって体が経験してきているので、防御システムができ上がっています。しかし皮膚に何かを塗るという行為は、体のシステムとして、まだ経験が浅いのです。だからこそ最先端ナノテクノロジー使って、誰でも肌に塗ることができる化粧品原料を生み出そうと、学生と一緒にがんばっているのです。
■先生がナノ細孔体という素材と出会ったきっかけとは?
大学時代、私は触媒化学の研究をしていました。ガソリン精製の際にできる使い道のない炭化水素ガスを、再びガソリンに変換するための研究をしていたのです。そのときに触媒として使っていたのが、ナノ細孔体でした。その後、もう少し身近なものに携わる研究をしようと、洗剤やシャンプーなどの日用品を扱う大手化粧品メーカーに就職し、化粧品の研究を行ってきました。そこではじめて敏感肌やアトピーの方たちが、どれほど悩んでいるのかを知り、なんとか肌にやさしい天然素材を化粧品に使えないだろうかと考えたわけです。そのときに、ふと、ナノ細孔体が使えるのではないかとひらめいて。実際に試してみると、面白いことがたくさん見えてきて、すっかりはまってしまったのです(笑)。ナノ細孔体は触媒として使われますから、いろいろな分子を変換させる役割を持っています。ところが私はまったく逆で、ナノ細孔体を分子の安定化に使いたい。そこで触媒学会などで反応がうまくいかなかったという報告を聞いては、「どうしたらうまくいかないものが作れるのか教えて!」というかんじで(笑)、仲間の研究者たちに話を聞いてきました。ある分野では失敗で使えないものでも、ちょっと見方を変えると、実はその欠点が長所になる。それは研究だけでなく、学生の教育にも通じるところがあります。人間の価値は多面的です。今、短所だと思っていることが将来大きな花をさかせることもよくあるんですよね。
また化粧品の研究には、こうした多面的なものの捉え方が必要だと思います。化粧品は、生物を研究している方たちが皮膚のメカニズムを解明し、私のような材料を研究する人がそれに適したものを考えるというように、複合的な研究分野だからです。本学には生物も化学もコンピュータの先生もいるので、化粧品の研究開発のように、いろいろなものを組み合わせて良いものをみんなでつくろうという研究には、非常に適していると思います。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
この研究室で生み出した技術が、新しいタイプの化粧品につながっていく、より多くの人が安心?安全に使えるものにつながっていくということが、私たちの一番の夢です。特に学生と一緒に研究をしていますから、「いい研究を楽しく」をモットーに、これからも楽しんで研究を続けていけたらと思っています。ここでいう“いい研究”とは、「これが世の中のためになる」ということが自分で理解できる研究のことです。化粧品は、誰もが知っていて、使っている身近なものです。ですから、具体的にどういう化粧品をつくりたいかということを、学生個人のレベルで考えてもらって、研究に取り組んでもらっています。もちろん、化粧品の開発は、ひとりの知恵だけでは成り立ちません。ひとりの学生がつくりたいと思った気持ちと、私を含めた研究室の仲間があれこれと出したアイデアを融合させて開発していくものです。そうしてでき上がったものが新しい世界を生み、誰もが楽しめる化粧品をつくり出すことができたら、非常にやりがいを感じられるのではないかと思います。
[2010年2月取材]
■化粧品材料化学(柴田雅史)研究室
/info/lab/project/bio/dep.html?id=30
2010年3月12日掲出