再生する不思議な生物プラナリアの遺伝子機能を明らかにしたい
応用生物学部 杉山友康 准教授
■先生の研究についてお聞かせください。
私の研究室では“再生”に関わる遺伝子を探索したり、解析したりしています。例えば、世の中では、病気で臓器を失った人に臓器移植が行われますよね。けれども一番望ましいのは、他の人から臓器をもらうのではなく、自分自身でもう一度、失った臓器をつくり直すことができることでしょう。そうした研究は、すでにヒトや哺乳動物を対象に行われてはいますが、やはり非常に難しいです。そこでもっと広く生物界を見渡してみると、その中には自分で簡単に再生をやってのける生物がけっこういるのです。例えば、プラナリアという生物。プラナリアは、5 mm~1 cm程度の無脊椎動物で、目がふたつあり、脳もあります。面白いことに、その脳を取り除いても、もう一度、自分で脳をつくり出してしまうのです。それどころか、ある学者がプラナリアを100以上も細かく切り刻んでみたところ、その断片がすべて再生し、100匹以上のプラナリアになったと言われるくらい再生能力が高い生物なのです。当研究室では、研究のひとつとして、このプラナリアをモデル動物に使い、再生について調べています。プラナリアの再生の仕組みを明らかにすることができれば、人の健康に役立つ可能性があるだろうと思い、取り組んでいるのです。
■具体的には、プラナリアを使ってどういうことを行うのですか?
「RNA干渉」(RNAi)という現象を使った技術があって、それを使えば遺伝子をひとつひとつ、特異的に壊すことができます。その技術を使って、あらかじめプラナリアのある遺伝子の機能を壊しておき、それからプラナリアを切断してみます。その後、もし再生しなければ、あらかじめ壊した遺伝子が再生に関係しているということがわかりますよね。そういう形で、再生に関わっていそうな遺伝子を見つけ出しているのです。今は、ある程度、再生に関係している遺伝子を絞って、調べているところです。このまま研究を進めていけば、そのうち答えは出るだろうと思います。
また、それとは別に、遺伝子の見当をまったくつけずに、無作為に再生にとって重要な遺伝子を知ることはできないかという方法論の研究にもチャレンジしています。理論的には、その方法はあります。しかし、実際に実験してみると、実験計画の部分で現実味に欠けるのです。例えば、実際に1日に1個の遺伝子を解析できるとして、それを1万個解析しないと実験が完了しないということになると、こちらが生きている間に終わらないですよね(笑)。それが1日1個ではなく、1000個解析できるのなら、実験を終わらせられるという現実味が出てきます。ですから、いかに現実味のある手法を開発していくかということも研究課題となっています。
■研究の目標は、どういったところに定めているのでしょうか?
私の場合は、研究を通してどこかに出口をつくることがひとつの大きな目標です。そのためにも、一緒に研究できる共同研究者やチームみたいなものができれば、研究をより膨らませられるだろうと思っています。この研究室では、プラナリアの遺伝子を壊すことはできますが、その研究を完成させるには、他の視点から見た解析も必要ですからね。
他の研究者と協力するという意味では、今、コエンザイムQをターゲットにした研究にも取り組んでいるところです。この大学には、コエンザイムQの権威である山本順寛先生がいらっしゃるので、山本先生に教えを請いつつ、当研究室の強みを活かして、世の中にまだない新しいコンセプトをつくり出していこうと取り組んでいます。山本先生によると、すべての生物は、自分でコエンザイムQをつくっています。そして哺乳動物は、年齢とともにコエンザイムQをつくり出す量が減っていくのだそうです。一方、私が専門としている“再生”においても、若い人たちは再生能力が高いのに、年を取るとその力は弱くなっていきます。それは、なぜなのでしょうか。考えてみると、再生できるかどうかは、再生するための細胞が司っているのですから、その細胞の元気さが見分けるひとつのポイントになるはずです。それならば、細胞が元気かそうでないかは、どうすればわかるのでしょうか。うまく説明できませんよね。そういう中で私の研究室は、コエンザイムQがその細胞の元気さに関わっているかもしれないという仮設を立て、コエンザイムQを作る遺伝子を調べているのです。
■先生が現在の研究分野に興味を持ったきっかけとは? また、その面白さとは?
生命とは、それ自体よくわかりませんよね。微生物から高等生物までいて、みんな遺伝子でできあがっています。けれども高校では、遺伝子の素材は4つしかなくて、どの生物も全部共通だと習います。共通なのに、なぜこんなにも生物はそれぞれ違っているのだろう。そんな疑問から、どういう遺伝子がどういうものをつくりだすのかということに興味を持ったのです。また、大学卒業後に就職した研究所で、遺伝子やRNAに関する仕事に携わることができたという点も、大きなきっかけです。当時、「cDNAプロジェクト」というヒトの働いている遺伝子を明らかにするという日本で行われたプロジェクトに参加する機会がありました。このプロジェクトがスタートした頃は、遺伝子を明らかにした時点で研究は終わると思っていたのですが、実際には本当にいろいろな遺伝子があり、取り出して並べられたものを見ても、正直、何がなんだかわからないという状態でした。そこで考えたのは、それまで取り組んできた遺伝子を明らかにする研究は、ひとつの辞書づくりみたいなものだったのだということです。そして、これからは辞書をいかに活用するかを考えることが、世の中の役に立つことだろうと思い、現在の研究に取り組みはじめたのです。生命科学の研究は、どこか謎解きに似ています。プラナリアなどは、本当に不思議な生物ですが、その謎解きをしていく過程が面白いし、謎解きをした結果、ひょっとしたらそれが何かに役立つかもしれないというところがある。そこが生命科学を探究する魅力なのだと思います。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
将来的に、私の研究室が取り組んでいる研究のおかげで、何か身近に感じられるようなものが生まれたら良いなと思っています。既存のものの新しい使い方を提案する形でも構わないので、何かひとつ、できれば欲張ってふたつ(笑)、世の中で使われるようになったもののきっかけが、この研究室の研究だったと言われるようになりたいですね。直接、何かを開発したいというよりは、当研究室の研究を面白いと思ってくれた人で、食品や薬品など、何かに応用できるかもしれないと興味を持って研究してくれる人が現れてくれば、うれしいなと思います。
[2009年7月取材]
■機能性RNA工学(杉山友康)研究室
/info/lab/project/bio/dep.html?id=6
?次回は9月11日に配信予定です。
2009年8月7日掲出