大学発の香り高く、甘い!新しいイチゴの開発に成功!
2024年2月9日掲出
応用生物学部 地球環境コース※ 多田雄一 教授
※2024年4月より
植物の力を地球環境や私たちの生活に役立てる、植物バイオテクノロジーの研究に取り組んでいる多田先生。塩分や高温に耐性のある植物のメカニズム解明とその利用など、さまざまな研究を手がけています。今回はその中でもイチゴやミニトマトの品種開発についてお聞きしました。
■先生の研究室で取り組んでいるイチゴの品種開発についてお聞かせください。
イチゴの新しい品種開発は、4、5年ほど前にスタートした取り組みです。それ以前からイチゴを甘くする研究には取り組んでいたのですが、一般の方へのアンケート結果でも、一番好きな果物の1位はイチゴですし、イチゴが好きで研究をしたいという学生も多いので、始めることにしたというのが理由のひとつです。もう一つの理由は、スーパーで売られているイチゴには、おいしいものが少ないように思っていて。もちろん高額なものであれば甘いイチゴもありますが、そうではなく、もっと身近においしいイチゴを広めたいと思っています。そこで市販の品種を用いて栽培条件を変えることで、イチゴを甘くする研究を行っていたのですが、せっかく研究するならオリジナルの品種で研究した方がインパクトも強いだろうということで、品種改良に着手した形です。今回、私の研究室で開発した新品種のイチゴ(以下、新イチゴ)は、もともと人工的な明かりを用いた室内栽培(植物工場)で育てることを考えていたので、片親には四季成りイチゴを使うことにしました。普通のイチゴは一季成りといって4~5月の春にしか実がならない種類です。一季成りは一度、冬の寒さを越さないと花が咲かないという特徴があります。それに対して四季成りのイチゴは、1年中、実がなると言われています。ちなみに、私たちが普段、食べているイチゴは一季成りで、昔から品種改良が進んでいるため、ご存知のようにおいしい品種がたくさんあります。一方、四季成りは味や大きさなど、 色々な面で劣るため、品種改良が進んでおらず、あまり栽培もされていませんでした。ただ、最近は四季成りでもおいしいものが出てきていて、今回の研究では、その中のよつぼしというイチゴを片親に使っています。そして、もう片方の親として用いたのが、一季成りで栽培されている越後姫という品種です。研究室で調べたところ、実は越後姫は四季成りの性質を持っていて、割と1年中花が咲くことがわかっています。
これら2つのイチゴを親に持つ新イチゴを植物工場で栽培したところ、糖度が20度ほどあったということです。スーパーで売られているイチゴの糖度が、約10~15度ですから、この新イチゴはブドウ並みの甘さだと言えます。また、その親であるよつぼしと越後姫を同じ条件で栽培した場合の糖度は、14度ほどでした。ですから、親よりも甘くなったわけです。
とはいえ、ここまで糖度を高くできたのは、何も栽培に特殊性や秘密があるのではなく、たまたま組み合わせがうまくいったからだろうと思います。そもそもイチゴを甘くする方法は、まだよくわかっていないのです。例えば、トマトの場合は、水を少なくして育てると、実は小さくなりますが甘くなることが知られています。フルーツトマトがそうですね。ところが、同じことをイチゴにすると枯れてしまいます。ですから、現状は肥料の調節で、ある程度甘くすることはできるようですが、フルーツトマトのように劇的に甘くする方法は見つかっていません。
また、今年、試験的に新イチゴを植物工場ではなく、市販のイチゴと同じようにビニールハウスで栽培してみたところ、糖度が平均12~13度、最高でも16度ほどでした。市販のイチゴよりはやや甘いかもしれませんが、植物工場で栽培したような糖度20度というのは、植物工場のように一定の光や温度の条件で栽培するという、やや特殊な環境でないと達成が難しいようです。
■新イチゴの研究では、どのような課題があるのでしょうか?
一般の農作物では、味も大事ですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に育てやすさや収穫量の多さが重視されます。やはり商業的に栽培するものの場合、育てにくかったり収穫量が少なかったりすると成り立ちませんからね。その点、新イチゴは、そういった観点からの選抜による改良はしていません。ですから、今は調べている途中ですが、他の品種と同じくらいたくさん収穫できるか、病気に強いかといったところは、今後、改良の余地があるのではないかと思います。さらに言えば、糖度の点でも、ビニールハウス栽培で甘くできれば、それに越したことはありませんから、そこも栽培方法の改良点として考えています。
また、新イチゴは、食感のやわらかさも特徴のひとつです。ただ、販売するにはパックに入れて輸送するため、やわらかいと傷んでしまい、商品価値がなくなるという問題があります。ですからイチゴを市場に流通させる場合、農家さんは硬いものしか作らないということがあります。
ですから、新イチゴは一般市場に流通させることより、例えば大学で栽培して、大学内で販売したり、大学内でイチゴ狩りができるようにしたりといった用途が適しているだろうと考えています。
あるいは、スイーツの原材料という使い方も可能かもしれません。ショートケーキの上に乗っている、飾りのイチゴは形が良いものである必要がありますが、ケーキの中に入れたりピューレやアイスに使ったりする場合は、十分活用できるのではないかと思います。
(※新イチゴは、親しみやすい名称を付け、今後大々的に展開を予定しています。)
■イチゴに加えて、ミニトマトの品種開発にも取り組んでいるとお聞きしましたが、そちらの研究はどのようなものでしょうか。
イチゴの品種開発と栽培がうまく進んだので、それならミニトマトも作ってみようと、取り組んでいます。実はミニトマトも以前から甘くする研究をしていたのですが、せっかく研究するならオリジナルの品種を作ろうと、2年ほど前から新しい品種の開発を進めています。また、ミニトマトに対しては、私自身が常々、問題意識を持っていて。というのも、ミニトマトは皮が硬くて、食べると口の中に残りがちです。お年寄りや子どもの中には、それが苦手で食べないという人もいるほどです。そこで皮の薄い、やわらかいミニトマトを作りたいという思いがありました。また、イチゴ同様、スーパーで売られているミニトマトは、それほど甘くありませんから、もっと甘くできないかという単純な自分の好みに基づいて、そういうミニトマトを作ってみようと取り組んでいます。ミニトマトもイチゴも農家にとって一番大切なのは受粉です。市販のイチゴやミニトマトの場合、ビニールハウスの中にミツバチを飛ばしたり、植物がもともと作っているホルモンを人工的に吹きかけたりして受粉させています。ただ、これらの方法は、手間とコストがかかります。そこで、単為結果(たんいけっか)という突然変異で受粉をしなくても実が大きくなるトマトを使えないかと進めています。単為結果という受粉しなくても実が大きく太る性質と、皮が薄く、糖度も高いという3つの有用な特徴を持つ品種を開発しようと取り組んでいるところです。
■現状、このミニトマトの新品種開発には、どのような課題があるのですか?
専門的な話になりますが、単為結果という性質を持たせると、どうしても実が落ちやすくなります。もともとミニトマトは熟れると、茎とガクがつながっている部分に少し力を加えるだけで、うまく取れるようになります。ところが単為結果の性質を持たせると、その茎とガクのジョイント部分の細胞が死にやすく、実が熟すと勝手に落ちてしまうのです。これには遺伝子が関係しています。染色体の中に遺伝子が並んでいるのですが、おそらく単為結果の性質の遺伝子と、茎とガクのジョイント部分に関わる遺伝子が非常に近くにあるため、2つの遺伝子が両方とも一緒に動いてしまうのだと思われます。もう少しかみ砕くと、品種改良をする際、例えば甘くなる遺伝子があったとすると、その遺伝子を別の品種に入れるには交配をします。そうすると甘くなる遺伝子は染色体上にあるので、その染色体全体が別の品種に入れ替わるという現象が生物学的に起こります。その時に隣にある遺伝子も一緒に引っ越してくることがあるため、隣にあるとどうしても切り離せないのです。そこがなかなか解決できず、今、苦労しているところです。
ただ、これは確率の問題で、例えば数万種の交配をして、その中から都合の良い遺伝子、つまり単為結果の遺伝子だけを持ったものを選ぶことは可能です。とはいえ実際、数万種ものトマトを育てるというのは現実的ではありません。そこをうまく遺伝子の解析で選べるようにしようと、今、考えているところです。わざわざ実を実らせなくても、芽が出たばかりのときに遺伝子情報を調べて選べる状態にできれば、数万の植物であっても非常に狭い面積で扱えるため、効率が良くなります。実際の品種改良の現場でも、そのような遺伝子情報に基づく選抜が行われるようになってきているので、私の研究室でもその手法を取り入れているのです。
■今後の展望をお聞かせください。
イチゴの研究では、新イチゴの改良バージョンとして新たな品種の開発を進めています。新イチゴよりもう少し身が硬く、酸味を高めたものが作れないかと。というのも新イチゴは酸度0.23と酸味が低いのですが、実はケーキなどに使うイチゴはある程度、酸っぱいものが求められます。甘いだけではクリームの甘さに負けて、味が分かりにくいからです。 また、植物工場での栽培は、ビニールハウス栽培のような病気や害虫の問題はありませんが、人工的な光と温度調節を行うため、電気代がかかるという問題があります。いかにそこのコストを抑えるかも一つの課題ですね。その関連で言うと、今、別のプロジェクトとして、新イチゴを育てる過程をIT制御するという取り組みも進めています。IT技術を取り入れたスマート農業の一種で、本学の工学部やコンピュータサイエンス学部の先生方と協力し、栽培をIT制御することで甘さを高めたり、あるいは知識のない人でも簡単に栽培できる仕組みの開発をしたりということを、これから始めようと思っています。
というのも2024年度、本学に「食と農の未来研究センター」が設立される予定で、そこで始まるプロジェックトとして進めているところなのです。このセンターは、イチゴなどの新品種を開発し、生産設備や環境制御技術を本学の工学部、コンピュータサイエンス学部などの先生方と共同で技術開発し、それを使って生産から加工販売まで一貫で手がけるセンターです。さらには意匠広報としてデザイン学部やメディア学部に加わってもらい、全学的に品種開発から販売までをつなげることを考えています。そういう形で、今後も色々な作物を改良し、「あったらいいな」あるいは「なかったらいいな」を叶える農作物の開発を続けていきたいと思っています。
また、地球環境コースという点で言えば、現在、肥料がいらない植物の開発研究も手がけています。農作物の肥料成分であるリン酸やカリウムは有限資源です。それらがなくなると、肥料が作れないという時代が来る可能性もあります。そこで、土の中にある低濃度の肥料成分で十分、育つような植物を作ろうと進めています。少しの肥料で育てることができれば、肥料による環境汚染が防げます。また、発展途上国の貧しい農家の方は、肥料を買えないため、食料生産率が低いという現状があります。土の中にある肥料だけで作物の育つ力を100%引き出せるようなものができれば、そうした途上国の食料問題も解決できるかもしれません。
■先生が現在の研究テーマに興味を持ったきっかけは何だったのですか?また、研究の面白さとは?
もともと、私の父が庭で色々な植物を育てていたことから、自然と植物を育てることが好きになったという面があります。幼い頃から庭の椿などを交配して種を取ったり、学校の理科の教材で育てたイネや大豆などを持ち帰って自宅で育てたり。いつか自分でおいしい果物を作りたいということも考えていました。そういう興味から、大学では農学部に入ったのです。その頃、ちょうど遺伝子やバイオテクノロジーが盛んになり始めていたのですが、実際にそれらを手がけるようになったのは、大学卒業後、企業に就職してからですね。そこではお米の品種改良をするなど、植物の遺伝子組換えの研究をしていました。そこから現在の研究につながっている形です。研究の面白さと言えるかどうかわかりませんが、研究というものは失敗の方が多いです。90%以上失敗で、時々、成功あるいは思いもよらない成果が得られることがあります。そういうものが得られたときは当然、楽しいし、うれしいです。小さくてもよいので、そういう成功体験を学生にも在学中にしてもらいたいと思っています。
■最後に受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
受験勉強と植物の研究は、似ているところがあると思います。長い期間がかかるという点と、日々の積み重ねが大事だというところです。成果が得られれば、喜びが大きいという点も似ていますね。植物の研究では、入試に合格した時の喜びに匹敵する、あるいはそれ以上のものを味わえると思いますから、ぜひ興味のある方は応用生物学部で研究に参加していただけるとうれしいです。