メディアコンテンツと社会との関係を知ることで、新しい可能性が見えてきます
2023年3月10日掲出
メディア学部 メディア社会コース 榊 俊吾 教授
もともとは文学部志望でもあったという榊先生。経済学部で経済学を学び、「技術革新と持続的な経済成長」というテーマで研究を続けてこられました。今回は、先生の研究室での取り組みや先生ご自身の研究についてお聞きしました。
■先生の研究室では、どのようなことに取り組んでいるのですか?
世の中にあるさまざまなビジネスを対象に、経済?経営活動の調査研究を行っています。これまでに映画、パソコン、自動車といった業界やスーパー銭湯、パチンコ店など、多様な業界について調査してきました。基本的には、学生が興味を持っている業界や研究したいと思っていることを卒業研究のテーマにして取り組むという方針で進めていますから、その分、対象となる業界も多種多様です。例えば、今年の卒業研究生(卒研生)には、バイク業界の研究をしている学生もいれば、Vtuber(バーチャルYouTuber)を研究テーマにしている学生もいます。Vtuberを研究している学生は3人いますが、3人とも研究テーマの観点が全く違っていて、非常に面白いです。私自身は実店舗経営や製造業などを対象に考えがちですが、メディア学部の学生だけあって、コンテンツ系、ネット系のビジネスのテーマが多くなってきた傾向はあります。さらにここ3年は、コロナ禍における在宅勤務や遠隔教育が、世界規模で行われてきたことにより、学生たちの興味を持つビジネスも少し変わってきているかもしれません。
実際、実地調査に関わる研究でも、音楽系のアーティストなどがライブイベントをなかなか開催しにくい中、それをどのようにすれば遠隔で行えるかといった、コロナ禍ならではの着眼点で研究している学生もいます。これまでも音楽業界やイベント業界を扱ってはいましたが、そういう観点での研究は、特にここ数年の傾向です。
また、これまで実店舗を対象に調査する場合には、実際にお店へ出かけて行き、そこの顧客の購買行動を調査することが主でした。例えば、店内を観察していると、各商品の売れ行き状況や年代別の傾向などが見えてきます。スーパーのような大きな店舗の場合は、お客さんの動線を観察したり、購入時に商品パッケージを見ているかどうか、見ている場合は何を見ているのかなどを調べたりすることで、色々な発見があるわけです。
一方、ネット上の情報を中心に集めて分析を行うこともできます。例えば、去年の卒研生で和菓子の研究をした学生がいました。このときも、ネット上で注目したデータがいくつかあります。例えば、ふるさと納税のサイトです。ふるさと納税の返礼品で扱われているものの中には、各地域の特産品があります。そこで、いくつかあるふるさと納税サイトで紹介されている各地の和菓子について、都道府県別に調査しました。次に各地域で、歴史的にどういった和菓子が作られてきたかを文献調査し、それらとふるさと納税サイトの返礼品で扱われているものとを突き合わせて、まずは国内の各地域別にどういった和菓子が作られているのか、それが歴史や伝統のあるものなのか、あるいは現代の創作的なものなのかといったことを調べていきました。さらに、ふるさと納税の返礼品の中で、どの和菓子のリピート率が高いのかというところから、人気度を調べることに学生が取り組みました。
作業としては非常に地味ですが、色々なサイトを見ることで、既存の統計には表れにくい消費者の消費行動の足跡をたどることができます。こうした調査をしている調査会社はありませんから、そういう意味では独自の調査データを自分たちで取って、研究していくわけです。そして、可能であれば実地調査をしてもらうということが、私の研究室の1つの大きな流れになっています。
■実地調査では、どのようなところに行くのですか?
例えば、地域の特産品を研究する場合は、まず日本橋や銀座界隈にある地域のアンテナショップへ出かけて調べるということを、コロナ禍以前は行っていました。また、私の研究室では、地方で開催される学会に学生が参加することも少なくないので、その機会を活用することも多いです。和菓子の研究をした学生も島根大学(島根県松江市)で開催された学会に参加し、研究報告をしたのですが、そのタイミングで松江の和菓子を調査しようと試みました。松江は不昧公と言われる茶人でもあった松平治郷公により、非常に茶の湯文化が栄えたところですから、和菓子も有名なものがあります。ただ、そのときは、あいにくの悪天候で、あまり多くのお店を見て回ることはできなかったのですが。
このように行ける地域は限定的で、学生の研究テーマと合致した時だけではありますが、これまでも福岡や札幌などの学会に参加するタイミングで、現地を調査したことがあります。
ちなみに、5年ほど前からメディア学部では成績評価のひとつに学会報告が加わり、どの学生も1回は学会に参加しましょうということになっています。その一環で、非常にありがたいことに、卒研生の学会参加の旅費は大学が負担してくれます。私の研究室では、この数年、複数回報告する学生もおり、昨年は半数以上が年2回、最高で5回発表した学生もいます。学会には非常に多くの専門家が来られていますから、学生はそこで発表することで色々な質疑を受けますし、それによって今後の研究の方向性やヒント、課題、あるいは他の方法論など、さまざまな知見を得ることができます。そこから研究をさらにブラッシュアップさせ、再び学会発表を行って仕上げ、最後に卒業の最終試験である学内発表に臨むという良い流れができています。
■メディア学部はゲームやアニメ、映像といったコンテンツ制作の印象が強いですが、その中でメディア社会コースである先生の研究室の位置づけを教えてください。
メディア学部の学生で、私が研究している経済学やビジネス、経営学などを学ぼうと思って入ってきた人はほぼいないと思います。ほとんどの学生がゲームやアニメ、映像を制作したい、あるいは音楽を作曲したいという希望を持って、入学してきますからね。その中で、1年、2年、3年と勉強を重ねていくうちに、自分の制作したコンテンツが社会でどう受け入れられていくのか、どうしたら受け入れられるのかという社会との関係について考えることに必ず直面します。あるいは就職活動の面接などで経済情勢やビジネスの仕組みを問われるという現実的な問題もあるのでしょう。ですから私の研究室に来る学生も、そういうことを意識して配属を希望してきたようです。例えば、いずれはアニメーターになりたいと思った時、作画なら作画だけできれば良いわけではありません。やはり、どういう作品が求められているのかという社会との関係や、自分が制作に携わったアニメや映像が社会にどういう影響を与えるかということを考えずに制作はできないのです。
一方で、制作したものの商業的な成功を考えるのであれば、自ずと制作現場の雇用形態やマネジメント、業界の動向も意識しなければなりません。物事は見る面によって、あるいは関わる立場によって、多様な側面を考えていく必要があるのです。そうした社会との関係に関心を持つことで、制作することだけでは見えてこなかったような、新しい可能性が見えてくるのではないかと思います。
■先生ご自身の研究についてお聞かせください。
研究テーマとしては大きく2つの柱があって、ひとつは「技術革新と持続的な経済成長」に関する研究です。マクロ経済学の中の重要な分野である持続的な経済成長を行うには、新しい技術を開発していかなければなりません。例えば、今、みなさんが使っているスマートフォン。こうした携帯情報端末のコンセプトは、ずっと昔からありました。ですが、なかなか実用化しませんでした。というのも、そうした新しい技術が実用化されるには、ネットワーク関連の発展が不可欠だったからです。現在のように簡単にネットワークを利用できる環境やインターフェースの問題解決などは、色々な技術の融合ででき上がってきたものです。また、このような革新的技術が開発されることで、それが急速に経済成長を生み出します。同時に、それらは改良技術によって社会に浸透し、普及していく中で、徐々にその生産性は低下していきます。ですから、再び次世代を担う新しい技術を生まなければ、新たな経済成長のステップを進めないのです。そうした時、どういう技術分野が、今後、経済的な成功を収めるかは、残念ながら経済学が答えられる問題ではありません。ですが、企業は開発した技術を改良するために効率的に資金を使いたいですし、それとは別に次世代を担う新しい技術を見つけていかなければならないわけです。ただ、財政的な資源、資金には限りがあります。そこで限りある資源をどこにどう配分したらよいのかを求めようというのが、私が最初に取り組んだ経済成長論の研究です。そこでシミュレーションを用いて、技術開発と経済成長の問題を解決しようと取り組んできました。
シミュレーションの方法は、非常に簡便で、3年生後期の「社会経済シミュレーション」という授業の中でも扱っています。レプリケーターダイナミクスという集団遺伝学で使われていた概念で、平たく言えば微分方程式や差分方程式のプログラムを書くというものです。プログラミングを初めて学んだ人でもできる配列処理計算で、どんなプログラミング言語でも簡単に書けます。それを使ってシミュレーションをしてみて、数値計算された結果をグラフにし、どのような動きをしているか、分析します。その結果を見て、社会的にどういうことが言えるのかを考えていきます。
こうした結果からの解釈や考察は難しく、社会の根底にある現象は経済やビジネス、色々なコンテンツ関係だけを見ていても掴めるものではありません。ですから、一般的な教養、歴史や地理、哲学、文学や芸術といったより幅広い知識がなければ、理解できないということを、ごく簡単な事例の中から感じてもらえればと思っています。
もうひとつの研究の柱は、SNA(System of National Accounts)、日本語で国民経済計算という一国の経済の全体図を作成する統計システムの再構築を試みる研究です。このSNAに基づいて計算される重要なものに、みなさんがよく耳にするGDP(国内総生産)があります。これは、国の経済活動の総生産を推計する最も重要な統計です。経済成長率を計算する時もこの実質GDPの変化率が使われている、つまり報道などで経済成長率や景気の動向について語られる時にもSNAが使われています。
そのSNAを推計するにあたって、内閣府の職員たちはこれまで、ありとあらゆる国内の統計、国や自治体の統計、民間のおよそ利用できるもの全ての統計を使って推計していました。ですが本来の経済活動は、企業でも消費者でも公共団体でも、それぞれが何らかの取引を行った集積で成り立っています。そこで、経済活動の大部分を占める企業の実際の取引活動をベースに、このSNAを再構成できないかということに取り組んでいます。ただ、企業の統計データをそのまま実証研究に使用できませんから、それに近いものをということで、総務省が5年に一度、作成している産業連関表という統計を使用しています。産業連関表は各産業別の投入算出の関係を調査したもので、それを元に取引実態に基づいたマクロ経済モデルのシミュレーションをつくっています。
■どんなところに研究の面白さを感じていますか?
研究をしていると、なかなか結果が出ずに悶々とする時期が長く続くこともありますが、その中でも何か小さな新発見があったり、やっと何かを実証?論証できたりした時は、うれしいものです。自分の考え方が正しかった、あるいは間違っていたから、次はどうするかというように、次々と新しい課題が見えてきます。このように発見や実証ができた喜びと同時に、新しい課題が出てきて、次々に取り組まなければならないことが出てくることは、非常に幸せだと思います。
先ほどお話しした「技術革新と持続的な経済成長」という研究テーマもまだ解決できたわけではなく、次々に新しい課題やテーマが出てきています。また、そこで使ったレプリケーターダイナミクスを通じて、もっと広範囲に、あるいは社会経済の別領域にこの考え方が使えるのではないかという発想に至り、次へとつながっていっています。
これはおそらく、私がいわゆる経済学部ではなく、東京工科大学という工学系大学のメディア学部にいたからこそではないかと思います。というのも欲しいデータがなければ自分で作ろう、分析手法がなければ自分で考えようというように、工学系のものづくりに近い感覚があるように感じるからです。
■最後に受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
やや説教臭くなりますが、新しい創造的な活動は、全く何もないところからは生まれません。ですから、その下地となるように、ぜひ本を読んでほしいと思います。特に文学や歴史?思想に関わるようなものをしっかりと読んでほしいですね。昨今、年内入試が一般化してきていますから、年内に進路が決まる人も少なくないでしょう。そういう人が卒業までの残り時間をどう過ごすかは自由ですが、できれば受験科目ではないけれど基礎として必要な科目の勉強や活動経験をして、充実した時間を過ごしてください。また、受験勉強を続けている人は、そのまま継続して基礎的な学力を固めていってください。高校生のみなさんは、散々聞いてきたことかと思いますが、受験勉強は試験のための勉強だけでなく、大学に入ってからの基礎となるものです。そうした基礎的な勉強をしっかりしておくことが重要です。
また、入学後は1、2年生のうちに、自分の興味や専門とは関係ないと思っているような分野や教養といわれる科目こそ幅広く学んで、裾野を広げておいてほしいですね。
■メディア学部:
/gakubu/media/index.html
/gakubu/media/index.html