ICTで社会的な価値を生むってどういうこと?
2023年5月12日掲出
コンピュータサイエンス学部 社会情報専攻 細野 繁 教授
コンピュータサイエンス学部では、ICTによる社会やニーズの変化に合わせて、2024年4月より新たに先進情報専攻と社会情報専攻の2専攻制を導入します。今回は、その中でも社会的な価値創造を軸とする“社会情報専攻”を取り上げ、その具体的な学びの内容について細野先生にお話しいただきました。
■2024年度からコンピュータサイエンス学部(以下、CS学部)で導入される2つの専攻についてお聞かせください。
CS学部では、これまでの専攻を改新し、次年度より先進情報専攻と社会情報専攻が始まります。先進情報専攻は、情報基盤コース?人間情報コース?人工知能コースの3つに分かれています。その中で、ネットワークや情報セキュリティ、メタバースや認知科学、知能ロボットや生成系AIといった個々の技術を扱い、その正確さや処理速度、精度を上げるといったことを追究します。他方、それらの技術をつなぐ、あるいは組み合わせることで、どういう価値が生まれるかという部分を追究していくのが、社会情報専攻です。この背景には、今年度、国内の大学でデータサイエンス系の学部が幾つも新設されていることからも分かるように、ICTの進化で大量に集まったデータから社会的な価値をどのように生み出すかが、世の中の大きなニーズになっていることが挙げられます。そうした社会の動向を大学も反映しているわけです。本学のCS学部においても、このような時代の流れから、これまで掲げてきた価値創造ということに変わりはありませんが、従来のような完全理系志向から、技術が社会にどう受容されていくかという部分を強く意識した、文系理系を問わない社会情報専攻をひとつの専攻として打ち出した形です。
■では、その社会情報専攻では、具体的にどのようなことが学べるのでしょうか?
社会情報専攻の特長としては、まず、「ビジネス改革」「ビジネスサイエンス」「デジタルトラスト」「プロジェクトマネジメント」の4領域を探求することが挙げられます。「ビジネス変革」は、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)のことです。ビッグデータなどのデータとAIやIoTなどのICTを組み合わせて、新しいビジネスを考えたり、今あるビジネスの仕組みを変えてより良くしたりすることを言います。単にデジタル化するだけではなく、デジタル化されたものを用いて従来のビジネスからどういう新しいビジネスモデルへと変革するのか、どういう価値が生まれるのかという部分を考えていくのです。
「ビジネスサイエンス」はデータサイエンスを軸に、データを分析しよりビジネスを意識して価値を創造しようというものです。データから価値を創出し、ビジネス課題を解くということで、職業としてはデータサイエンティストがイメージしやすいかと思います。
「デジタルトラスト」は、安心?安全?信用に関わる領域です。セキュリティと並んで、トラスト(信頼)はICTにおいてひとつの大切な概念です。デジタル化されることで、色々なモノ?ヒト?情報がつながってきます。その時、大事になってくるのが、つながった先はビジネス的に信用できるか?ということです。デジタルの世界では情報システムをまたがってデータが自然とつながっていく面がありますから、その中できちんと相手のビジネスを信頼するには、当然、デジタル上の信用のモデルを考える必要があります。その社会性を考えたり、場合によっては法律面も考えたりする要素が出てきます。それを扱う領域が「デジタルトラスト」です。
「プロジェクトマネジメント」は、開発のプロセス部分にフォーカスします。実際、企業やプロジェクトにおいて、ICTを用いて何かを開発し、運用しようという時には、組織を束ねてリードする役割が必要になります。それには、プロジェクトマネジメント、複数のプロジェクトを見るプログラムマネジメント、製品戦略まで見るプロダクトマネジメントという3つの視座があります。そこで、情報システムのライフサイクルや戦略といった全体を考え、戦略的な意思決定と組織を束ねる役割をプロジェクトマネジメントと総称して、それを学んでいきます。
社会情報専攻では、これら4つの領域をひと通り科目として網羅します。ただ、それぞれを全方位的に深くとなると専門性が高くなり、全部を学びきることは難しくなりますから、それぞれの領域に関係する研究室で特化したテーマを学ぶことで、社会的な価値を生みだすための知識とスキルを実践して身に付けていきます。
また、科目について触れると、ICTの基礎部分は先進情報専攻と社会情報専攻のどちらを選んでもきちんと学べますが、各専攻でそれぞれの分野に特化した科目も用意しています。社会情報専攻では、「経営戦略デザイン」「マーケティングとITビジネス」「オペレーションマネジメントとDX」など経営に関わる科目、「データサイエンス」「データ分析プログラミング」などのデータ解析と実践力を高める演習などを用意するほか、「データインテリジェンス」「サービスマネジメント」といった社会情報専攻ならではのコア科目を新設する予定です。プログラミングに関しても、先進情報専攻と社会情報専攻とでは、扱うものを少し変えています。JavaScriptは両専攻で新たに導入しますが、社会情報専攻では、R言語というデータの統計解析で扱う言語も学べるようにしています。R言語は、社会学系の大学?学部で学生がデータ解析する時によく用いられるスクリプト(簡易プログラム)言語で、経済や経営の分野で出てくる統計などを扱う際に利用されるものです。ですから、今までのCS学部では扱っていなかった言語になります。
■社会情報専攻の研究室が取り組んでいる研究について教えてください。
より身近に感じられる取り組み例に、地域の抱える課題をICTで解決しようと進めているプロジェクトがあります。例えば、竹田昌弘先生の「ビジネスシステム研究室」が取り組んでいる、高尾山のルート案内や子育て情報アプリです。八王子市の観光名所である高尾山は、気軽に登れる山ですが、ルートから外れると危険です。そこでルートから外れると警告が出たり、途中までの歩くペースから山頂到着までの時間予測値を表示したりするアプリを開発しています。また、子育て情報アプリは、八王子市の子育て支援に関するイベント情報をウェブサイトから自動取得して、カレンダーに表示するというものです。研究室の活動ではありませんが、CS学部の戦略的教育プログラムの一環で、私が担当している「システム開発道場」の学生が取り組んでいるものもあります。コロナ禍により観光?宿泊業をはじめ、地域経済は大きな打撃を受けました。そこで多摩地域を対象に、地元の魅力を再発見するなど、地域に根差した提案をしようと官民学連携で進めている「多摩地域マイクロツーリズムプロジェクト」というものがあります。このプロジェクトに学生が参加して、高く評価されています。
例えば、西東京市のタクシー会社と学生とで、オーダーメイドツアーの顧客体験を向上させるAR(Augmented Reality:拡張現実)アプリを開発し、実用化を進めているところです。このタクシー会社では、顧客の希望やタクシー会社のおすすめ観光スポットを盛り込んだオーダーメイドのツアーを提供しています。利用者は高齢者が多いようで、ツアー中、「昔、ここにこんな建物があった」といった思い出を話されることもあるそうです。そこでARカメラ機能を用いて、昔、その場所にあったであろう建造物を映し出したり、その場所にちなんだキャラクターを映し出して、一緒に記念撮影をしたりということができるアプリを開発しました。今までのように、単に観光として周遊先を見に行くだけでなく、新たな顧客体験を生み出すことを狙いとしています。
また、稲城市を対象にしたお散歩アプリも学生が開発し、実証評価を進めているところです。稲城市は東京都内でもそれほど知名度が高くありません。そこで稲城市観光課と稲城市観光協会とともに、地元の人しか知らないお店や多摩地域の農作物の収穫体験イベントや収穫物などを投稿し共有できる、地元の隠れた魅力を発見するアプリを開発しています。アプリ利用者が市内のお店を訪れて、何か飲食をしたり買い物をしたりすることで、少しでも地域に人もお金も循環するようになれば、活性化するだろうという考えです。
一方、実際のビジネスに即した研究もあります。例えば、健康?医療分野への価値提供として、福西広晃先生の「データアナリティクス研究室」の取り組みが挙げられます。近年、健康?医療関連データは電子化が急速に進んでいて、データ分析の重要なターゲットとなっています。そうしたビッグデータと機械学習や統計解析の手法を用いて、疾病リスクを予測するモデルをつくったり、疾病の因果関係を推論したりすることで、病気の予防ができないかと取り組んでいるところです。
また、金融分野では、瀬之口潤輔先生の「複雑系データサイエンス研究室」の研究があります。経済の動向や企業の売上、消費者の行動などのデータを分析することで、金融市場がどう変わっていくかといった将来の変化や傾向を予測できれば、それに応じた投資計画ができ、価値を生みます。そうした予測をデータサイエンス、機械学習を活用してモデル化により行っています。
製造?サービス?事務の分野では、山口淳先生の「オペレーションマネジメント研究室」の活動が挙げられます。業務改革やDXをキーワードに、例えば店舗でのスタッフの動線を可視化?分析して無駄な動きなどを改良し、より効率的なスタッフの配置やタスクの順序を明らかにしようと進めています。
今、挙げた研究例は、先に何かの技術が来るものではなく、ある業種?業態が抱える問題をICTによってどう解決するかということを考え、取り組んでいるものです。ですから、例えばAIが必要であれば活用するし、プロセスを最適化するオペレーションマネジメントが適切であれば、それを適用するというように、最新ICTの要素技術を道具として、それらをどう組み立てると課題解決や価値創造ができるのかというところを扱っています。つまり個々の最新技術について、ある程度の知識を全方位的に持ち、どの技術と技術を「つなぐ」と解決できるか、あるいは新しいことができるかを考え、さらには実際にそれをつくって運用するところまで担うのです。
また、それぞれの技術には、当然、できたばかりのものもあれば、すでに完成しているものもありますから、それらを組み合わせる時の安全性や信頼性も考えられなければなりません。そういう技術的な動向や、組み合わせた時に他のシステムや社会への悪影響を与えないかといったところをデザインする必要があるため、かなり次元の高いスキルが求められます。そういうスキルの育成が社会情報専攻の全体としての教育方針であり、ターゲットとしているところです。
■社会情報専攻には、どんな人に入学してほしいですか?
ICTを使って、新しいビジネスを生み出すことに興味?関心のある人に来てほしいですね。また、この専攻は文系理系を問いませんが、東京工科大学は理系の土台がしっかりありますから、ビジネスモデルのアイデアだけ出したところで満足するのではなく、技術的なバックグラウンドをベースにアイデアを形にして社会実装までできるという強みがあります。アイデアから企画を立てるだけにとどまらず、つくること、そして実現することの難しさを理解したうえで「カタチ」にできる人を育成しようと考えていますから、そういうことを学びたいという人には、ぜひ入学してもらいたいです。■最後に受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
社会課題と聞くと、何か大きなものを扱うように聞こえますが、実際はみんなが見落としたり気づいていなかったりすることや、当たり前に思っているけれど実はそうでもなかったといった身近な問題がたくさんあります。そしてその解決には、意外と大学で学んだことがすぐにそのまま応用?活用できたりします。ですから遠い未来ではなく、大学に入ったらすぐ、自分たちの力で社会課題を解決するチャンスが転がっていると言えるのです。そういうことにチャレンジできる環境を、CS学部では十分に整えています。高校生や大学生は、頭が柔らかく、発想力もあるので、どんどんアイデアを出して、学生のうちから社会に活かしてほしいのです。実際、本学部と連携してプロジェクトを進めている企業や地域の方も、そういう学生の柔軟な発想に期待して、一緒に取り組んでくださっている面があります。また、何かにチャレンジして失敗し、またすぐにやり直せるのは、時間に自由度がある大学時代ならではの特権です。ぜひ本学部でアイデアをカタチにする挑戦をしてみてください。
■コンピュータサイエンス学部:
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