ファジィ理論などを用いて様々な分野のデータ解析や関係性の可視化を行い、人や社会に役立つシステムの開発に挑んでいます
2022年10月14日掲出
コンピュータサイエンス学部 先進情報専攻 塩野康徳 講師
子どもの頃に遊んだ家庭用テレビゲーム機をきっかけにコンピュータに興味を持ったという塩野先生。現在は多様な分野を対象に、ファジィ理論やグラフ理論をベースにした有用な分析手法やシステム開発などに取り組んでいます。今回は先生のご研究について、お聞きしました。
■先生のご研究についてお聞かせください。
私の研究室では、様々な分野を対象にしたデータ解析、アルゴリズムや応用システムの研究開発に取り組んでいます。私自身が研究を続けてきたファジィ理論やグラフ理論、ファジィグラフなどをベースに、AI技術なども取り入れ、対象をモデル化したり関係性を可視化したりして、より効果的な分析手法やシステムの提案をしようと進めています。具体的な研究内容の説明をする前に、今、話したファジィ理論やグラフ理論、ファジィグラフについて触れておきましょう。まず、ファジィ理論というのは、曖昧な情報を数量的に扱う数学理論になります。曖昧な情報とは、例えば人間が温かい?寒いと感じるのはどのくらいの温度かとか、人間の感情などが当てはまります。コンピュータは0と1で計算しますから曖昧なものを扱うことが苦手ですが、ファジィ理論はそういう曖昧なところを扱うことができるのです。
その曖昧な関係性をグラフで表したものがファジィグラフです。グラフ理論というのはまた別にあります。一般的なグラフというと棒グラフなどをイメージするかもしれませんが、数学的なグラフはネットワークの繋がりの図など、ノード(点)をエッジ(辺)で結んでできる構造を数学的に定義して、その関係性を見ていく理論になります。
例えば、これまでに私が手がけた研究のひとつに、ファジィグラフによる分析や可視化を応用して、業務データから組織運営に有用なデータを引き出し、組織マネジメントやその改善に役立てようと取り組んだものがあります。会社や大学などの組織では、組織を円滑に運用するための組織マネジメントが不可欠です。しかし、それを実際に組織の中で効果的に運用することは、そう簡単ではありません。近年では、組織マネジメントの国際的な標準化が進み、国際規格に基づくマネジメントシステムの運用が組織の取り組みとして注目されています。例えば、セキュリティマネジメントやサービスマネジメントをしっかりできている組織かどうかの指標となる国際規格にISO27001(ISMS)とISO20000(ITSMS)があります。これらには要求事項が定められているので、それに沿ってマネジメントをしていくというのが、ひとつの方法です。世界的な標準に沿ってマネジメントを進め、それがきちんとできているかどうかをチェックする認証機関でマネジメントシステムの認証を取得して運用していくわけです。特にセキュリティに関しては、顧客やユーザーに対する信用にもつながっているため、ISO27001(ISMS)の認証取得をしておくと、セキュリティに対してしっかりマネジメントしていて、それが外部機関でも認められている組織だという証明になり、企業や大学でも取得するところが増えてきています。ただ、こうした認証を受けるには、その組織のマネジメントがどんな状態なのかを知る必要があります。そこに私のこれまでの研究成果を活かすことができるのです。
実際に取り組んだのは、ファジィモデルに基づいて組織の業務とマネジメントシステム運用の実態を把握し、改善?向上に有効な分析手法を実現することです。まずは、蓄積された業務データ、具体的には電子メールと業務を担当する人の関係性を定義し、機械学習によって業務の担当者の違いをコンピュータで認識させ、業務の分担などを様々なファジィの関係で定めました。電子メールと業務担当者の特徴から機械学習で、誰がどんな業務内容かを学習させたあと、別の電子メールデータを用いて分析してみると、機械学習で得られた結果が、実際の業務担当者と高い確率で一致し、それぞれの業務担当者との関連度合いもわかるようになりました。
もちろん内容によっては、例えばネットワーク関係の業務なのかセキュリティ関係の業務なのか、わかりづらいこともあります。その場合は、ファジィ理論の定量的な関係で、どのくらいその業務に関係があるかを数値化して、それをグラフに表示しました。例えば、ネットワーク担当のAさんがしていた仕事を、途中からセキュリティ担当のBさんが引き継いでするようになったということもあります。そういう曖昧なものを捉えられるのがファジィ理論ですから、それをグラフで可視化して、なるべくわかりやすく提示し、分析と業務の改善に活かそうと取り組みました。
結果、各業務を担当する人がどの程度、その業務と関連しているかを定量的に確認できたので、例えばマネジメントシステムを導入する際、誰にどの役割を担当させるかという意思決定に有益な情報を提供できると考えられます。
ちなみにこのシステムでは、機械学習の部分はPythonで、ファジィ理論を用いてファジィグラフの可視化をするところなどはJavaでプログラミングをしています。こういうものをプログラミングしてつくって研究するというのが、私の研究室の大きな取り組みのひとつです。
■この研究において、今後、解決すべき課題とは?
今、お話しした研究例は、私が以前、研究して提案したファジィグラフ描画アルゴリズムをマネジメントシステム運用に応用した研究でした。ですからそのアルゴリズムの改善や表示の仕方をよりわかりやすくすることは、今後、手がけていきたいと思っています。また、多くの組織がマネジメントシステムの認証を取得して運用しようとしていますが、実際のところ、普段の業務を行いながらマネジメントシステムの認証取得をするというのは、かなり大変です。認証取得のためにたくさんの定義書をつくったり、手順を一から見直したりしなければならないからです。簡単に言えば、普段の業務にプラスしてマネジメントシステムの業務が増えてしまうわけです。ですから今いる組織の人数だけで進めるというのが、だんだん厳しくなってくることがあります。
実際にマネジメントシステムの認証を取った組織に話を聞くと、そこに対する負担と人材の割り当てが難しく、そのようなことが理由で一度、認証を取得したにも関わらず辞めてしまうところもあるそうです。というのもこうした認証は、毎年審査があって、認証を維持しなければならないのです。ですから、なかなか普段の業務と有機的な結びつきを持たせることが難しいという大きな課題があります。そこを改善して、うまく認証を取得したり運用したりできるように、自動的にマネジメントシステムと業務との関係性の特徴を抽出して、ユーザーに対して何か継続的に改善を促すことができるシステムをつくりたいと考えています。
■学生はどのような形で研究に関わるのですか?
システム上でのわかりやすい表現や、よりシステム運用に効果的なデータの抽出手法を考えてもらったり、それを応用して発展させたりして、新たな機械学習の仕方や特徴の出し方を考えてもらい、一緒に何か新しいものをつくれたらと思っています。研究の対象は特に制限していませんので、学生には自由に考えてもらって、様々な可視化手法を色々なものに適応したり、ソフトウェア開発をしたりしてもらいたいですね。私自身もファジィ理論にこだわってはいないので、新しい理論があればそれを取り入れて、場合によっては勉強会を開き、学生と一緒に学びながら研究していきたいと考えています。今回は組織のマネジメントシステム運用の研究について話しましたが、研究対象となる分野は幅広いです。例えば、教育を対象に研究をしたことがあります。前任校で学生にアンケートを取り、その大学の学生にはどういう情報リテラシー教育の特徴が見られるかを分析しました。ファジィ理論を用いて可視化するところまではできませんでしたが、アンケート結果から情報リテラシーがどのように学生に培われてきたかを研究し、論文にしたのです。
また、テニスや陸上のタイムなどの記録から関係性や特徴を抽出して可視化するといったことが実際に行われており、私自身、スポーツデータや心理的な側面を可視化することにも取り組んできました。具体的には、心理系の教員や専門家と、ラグビー選手の試合中の心理的な動きを分析して可視化することを進めていました。今はかなり緊張しているとか、焦っているとか、試合中に心の動きがどう移り変わっていくかを分析しました。現在はスポーツの世界もビッグデータの利用が盛んで、様々なデータ分析を通じて強化していくことが主流ですから、そのうちのひとつとしてファジィ理論やファジィグラフなどを応用し、その人の特徴を機械学習で学ばせ、スポーツにおけるその人の直した方がよい癖などが分析できれば、スポーツ分野にも貢献できるだろうと考えられます。
■先生が現在の研究分野に興味を持ったきっかけは? また研究の面白さとは?
子どもの頃からゲームが好きでした。ちょうど任天堂のファミリーコンピュータが出た頃ですから、それが初めてコンピュータに触れた経験になります。ゲームも好きでしたが、その中身や仕組みがどうなっているのだろうと思ったことは、コンピュータに興味を持つ大きなきっかけだったと思います。そんなふうにゲーム好きで、コンピュータにも興味があったので、大学では情報工学科に進学しました。大学時代は、色々なことを学ぶうちに、社会や人に役立つシステムを開発したり研究したりしたいという思いを持つようになったので、大学院へ進んでグラフ理論を使った研究に取り組みました。そのなかで、ファジィ理論を学び、曖昧なことを扱うシステムや分析をするようになったのです。
マネジメントシステム運用に関連する仕事を手がけるようになったのは、前職の横浜国立大学 情報基盤センターに勤務してからです。実際にそこでシステムを運用したりマネジメントをしたりしていくうえで、業務とシステム運用の有機的な結びつきをつくることが難しいと実感しました。そこで、これまでの研究成果を活かして少しでも改善できないかと考えたのが、現在の研究テーマに取り組むきっかけです。
幅広い研究の対象に対してファジィ理論などの学問的な理論を適用し、役立つものや効果的なものを考え出して、実際にシステムの構築ができたり分析結果などを手にしたりすると、非常に達成感が得られます。この課題にこの理論が使えないかといったことを考えて、何かできるといいなと思いながら取り組んでいるので、実現できるとやりがいも大きいですよ。
■受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
自分自身の将来を考えたとき、その選択肢となる道はひとつとは限りません。ですから自分が何に興味を持っていて、将来どんなことをしていきたいのか、それにはどんな道があるのかを考えてみるのも必要なことだと思います。それに沿って、色々な経験やチャレンジがあると思います。その道のひとつには、大学で学ぶこともありますが、その道中には寄り道もあれば、途中で出会う人や出合う興味もあります。それが必ずしも本筋の勉強に関係なくても、そういうものが将来の自分の仕事になったりすることがあります。ですから、そういう出会いも大切にしてほしいですね。また、本学のコンピュータサイエンス学部では、ITやプログラミングをしっかり学べる教育環境が用意されていることはもちろん、何かの専門家である先生方がたくさんいらっしゃいます。ですから大学では自分の専門に関わらず、色々な人の話を聞いて、自分の可能性を広げていってください。
■コンピュータサイエンス学部先進情報専攻:
/gakubu/cs/006335.html
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