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魚のうま味に関する研究を切り口に、人がおいしいと感じる味の秘密を解明し、商品化につなげたい!

2022年6月10日掲出

応用生物学部 食品?化粧品専攻 食品コース 関 洋子 講師

応用生物学部 食品?化粧品専攻 食品コース 関 洋子 講師

もともとは地球科学に興味があり、環境について学ぼうと大学では海洋環境系の学部に進学した関先生。卒業後、塩に関する団体や企業で働いたことから食品分野に興味を持ち、大学院に入って魚のうま味に関する研究に着手します。今回は、先生の研究室での取り組みについてお聞きしました。

■先生の研究室「食品加工学研究室」では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

 私の研究室では、食品の加工を通して、その品質保持効果や貯蔵性、機能性を高める研究に取り組んでいます。その内のひとつに、魚のうま味成分に関する研究があります。みなさんが何かを食べて感じる味覚は、塩味?甘味?酸味?苦味?うま味という5つの基本味で成り立っています。私はその中でも特に“うま味”に着目して研究を続けてきました。
 うま味成分は、主にイノシン酸という魚のうま味成分、グルタミン酸という昆布のうまみ成分、グアニル酸というシイタケのうまみ成分の3種類があります。グルタミン酸はアミノ酸系のうま味成分で、イノシン酸とグアニル酸は核酸系のうまみ成分に分類されます。うま味成分はそれ単体で使用するより、アミノ酸系のものと核酸系のものを混ぜ合わせた方が、非常にうま味が強くなるという特徴があります。
 ところでみなさんは、とれたての魚が一番おいしいと思いますか? 漁船で釣り上げたものを船の上でさばいて食べるなんて光景をテレビなどで見ることもありますよね。でも、魚のうま味成分からすると、実はとれたての魚はおいしいとは言い難いのです。まずは魚のうま味成分が、どのように生成されるのか説明しましょう。すべての生物が持っているATP(アデノシン三リン酸)という物質があります。このATPからリン酸が一つ減ったものがADP(アデノシン二リン酸)です。さらにリン酸が一つ減ったものがAMP(アデノシン一リン酸)です。魚は生きているとき、ATPが分解されてADPになり、そこでエネルギーを生みます。このエネルギーは、筋肉の収縮などの生命活動に使われるものです。そしてADPから今度はATPを再合成するというサイクルでエネルギーを得ています。しかし、魚は死んでしまうと、ATPを分解してADPをつくった後、もう一度ATPを再合成することはなく、そのまま今度はAMPへと分解が進むのです。ATP→ADP→AMPと分解が進み、その後につくられるものがIMP(イノシン酸)といううま味成分で、筋肉中に蓄積されます。
 また、ATPからADP、AMP、IMPへと分解が進む速度は割と速く、魚が死んでから数時間で進みます。そしてAMP以降の分解は、緩やかな分解速度になります。ですから、魚は死んで数時間が経過しないと、うま味成分のIMPが出てこないのです。とれたての魚が必ずしもおいしいと言えないのは、この点にあります。さて、IMPの分解が進むと、今度はおいしくない成分(不味成分)であるHxR(イノシン)に分解され、さらにHx(ヒポキサンチン)へと分解が進んでいきます。私たち人間にとっては、IMP(イノシン酸)はうま味成分ですから、できるだけ分解してほしくないですよね。そこでIMPを分解するIMP分解酵素(IMPase:アイエムピーアーゼ)の活性をできるだけ阻害して、IMPをHxRにさせないようにしようという研究に取り組んでいます。

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 IMPaseの活性を阻害するには、いくつか方法があります。分解などで働く酵素は基本的に、温度やpHに活性の強さが左右されるため、それらを制御することがひとつの方法です。魚のIMPaseは魚種によって活性が異なりますが、約30℃の温度で活性が高くなる種類が多いです。ただ生魚を30℃で保存することはなく、だいたい5℃かそれ以下ですよね。そのくらいの温度で保存していれば、かなり分解酵素の活性は弱まるので、IMPがHxRになりにくくなります。
 また、分解酵素の活性を阻害するものに、塩があります。塩類でIMPaseを阻害するというのは、例えば魚を塩漬けにしたり、立て塩漬け(食塩水に漬け込む手法)にして干物をつくったりするといったことが当てはまります。私はそういうときの塩類の条件について研究していました。その結果、塩やにがり(海水から塩を抽出する際に出る苦い液体)を使うと、IMPaseの活性を阻害できるとわかりました。次に塩の代わりに糖などを使って実験してみたところ、それでも活性の阻害ができるとわかりました。例えば、魚のみりん干しではみりんを使いますよね。ですから糖が入っているものを使っても、うま味成分IMPの分解の進行を抑制できることが明らかにできたのです。
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■研究の課題としては、どういうことがあるのでしょうか。

 IMP分解酵素の活性は、魚種によってかなり異なるということが挙げられます。今、研究室では、魚種による違いを解明して、魚種ごとにどうしたらIMPを保持できるかという研究を進めています。例えばタラは、IMP分解酵素活性が非常に高い魚です。タラは出荷されるときには、ほとんどIMPがない状態になっています。ですからタラは鍋の具材として売られていることが多く、お刺身は見かけませんよね。それは、うま味がほとんどないことが理由のひとつに挙げられます。また、IMPは魚肉の鮮度を表す「K値」にも関係しています。タラはIMPの分解が速い分、K値が高く、鮮度が落ちやすいです。逆にタイは、非常にIMP分解酵素活性が低いので、持ちが良いです。約5℃で保存しておくと、生でもかなり長い時間、おいしさがキープできます。
 今、研究室で進めているのは、ホタテを対象とした研究です。貝類は未知なところが多く、個体差もあるため、調べるのがとても難しいですし、実験にはとても手間と時間を要するのですが、学生と一緒になって取り組んでいるところです。

■学生が取り組んでいる研究には、他にどのようなものがありますか?

 この研究室では、基本的に学生が自分で研究したいテーマを探してきて、卒業研究として取り組んでもらっています。今、進んでいるものには、例えば、食品の機能性に関する研究があります。人間は体内にある様々な物質が酸化すると、病気や老化につながることが明らかになっていて、その酸化に対抗するものに抗酸化物質があります。例えば、ビタミンCには抗酸化作用があるので、摂取すると酸化しにくい、つまり老化しにくくなるというように、人間にとって良い機能の成分があるのです。そこで、キノコの抗酸化作用の研究を進めている学生がいます。その学生がキノコの研究をしたいとテーマを持ってきたので、私と一緒にどういう切り口があるかを調べて、抗酸化物質に注目してみようとなり、現在、卒研として取り組んでいるのです。他にも、浅漬け、梅干し、アスパラガス、魚醤、米、シカ肉、大豆ミート、ハチミツに関する研究を学生たちが行っています。学生自身が興味のあることを卒研テーマにしているので、モチベーションを維持できるというメリットがあります。

■今後の展望をお聞かせください。

 IMPなどを数値で測ることで、うま味成分の多い?少ないについては言及できますが、私自身、最後は人が食べてどう感じるかが大切だと思っています。いくらデータで、うま味成分が多いと出ても、人がおいしいと思わなければ意味がありません。ですから、最終的には人に食べてもらってアンケートを取るというところに持っていきたいですね。そのためには、これまでとは違う、新たなアプローチが必要だと思っています。
 また、魚や他の食べ物において、アミノ酸を非常に多く含んでいたとしても、有機酸など別の物質が多かった場合、そちらに引っ張られて、おいしくないと感じることもあるかもしれません。最初にお話しした5つの基本味など、味のバランスがいかに取れているかということがおいしさにつながっているわけです。ただ、基本味がどういうバランスを保っていると人がおいしいと感じるのかを解明することは、非常に難しいことではあります。
 人がおいしいと感じるのは、大抵、うま味か甘味の部分ですが、それだけでは不十分です。例えば、チョコレートは甘いのでおいしいと感じますが、それだけでなく、カカオの程よい苦みや香りがないと総合的においしいチョコレートとは言えないということもあります。私自身は今、うま味をターゲットに研究をしていますが、実際のおいしさにはそれ以外の部分も関わってきます。ですから将来的には、うま味以外の基本味についてもターゲットにしたいですね。それによって意外なところが効いていたといったことを発見できたら、楽しいだろうと思います。例えば、酸味や苦みはどちらかというとおいしくないと感じるものですが、苦みが効いているからおいしいと感じているといったことがわかると、面白いですね。実は苦味がある一定以上入っていないと、人間はおいしいと感じないなど、意外性のある発見ができるかもしれません。そのくらいおいしさというのは複雑で、まだまだ未知の部分が多いですが、私自身はそういうところに惹かれて研究を続けています。
 また、人においしいと感じてもらえる食品の加工につながる研究を続けて、将来的には何か食品を開発して商品化できると、うれしいです。あるいは、この研究室の研究成果によって、どこかの企業が助けられたということでも喜ばしいですね。それによって、新商品の開発につながると良いなと思います。

■先生が魚のうま味成分の研究を始めたきっかけとは?

 大学院時代の所属研究室が、先ほど話した「K値」など、魚の鮮度に関する研究をしているところだったので、それに関連する研究として考えたテーマが魚のうま味でした。また、IMPaseの活性を阻害するものとして塩を選んだ理由は、元々、私が大学の海洋環境に関する学部学科を卒業後、塩を扱う会社で働いていたからです。塩を扱う財団で塩の分析をする職に就いた後、塩の会社の品質保証部でも働きました。そこで食品として塩を扱っていたことから、食品分野を勉強し直そうと思い、母校の大学院に戻ったのです。学部時代は海の環境を考える学科でしたが、大学院では食品の安全について扱う専攻に入りました。
 研究者になったのは、大学院時代の恩師の後押しが大きいですね。恩師も社会人を経験した後に博士課程を取った方で、私が修士課程を終える頃に「せっかくだったらドクターまで進んだらどう?」と勧めてくださって。研究者の道の厳しさは、周囲からも聞き及んではいましたが、やってみようと進むことに決めたのです。

■最後に受験生?高校生へのメッセージをお願いします。

 受験生?高校生のみなさんには、色々なことに挑戦してみた方が良いと伝えたいです。いつ、どこで、どんな芽が出るかわかりませんから。テレビや本などで興味を持ったものや「これは!」と思ったものは、少しでも調べてみたり、友達がしていることに対してどんなことをしているのか、少しでも一緒にやってみたりして下さい。そうすることで興味の幅が広がるかもしれません。
 私自身、高校生の頃を思い返すと、やはり知らないことが多過ぎたと思います。もっと色々なことに興味を持って、やってみれば良かったなという気持ちが非常に強く残っています。進路を決める際も、なんとなく理系に進みたいとか、薬学関係の研究者だった父の影響から、最初は薬学部に行きたいと思っていました。今思うと、身近な人しか見ておらず、他にどんな仕事や生き方があるかを知らないため、その範囲の中で決めようとしていたように思います。ですからできる限り、周りにいる大人や先生たちとたくさん話をして、その人の歩んできた人生や専門分野のことを聞いてみてほしいです。
 また、大学入学後に興味や目標が変わることも大いにあり得ます。大学生になると行動範囲が広がり、関わる人も変わります。高校生に比べると、自分から情報を取りに行くことが一層できるようになるのです。そこで興味の対象が変わったという人が、私の周りにはたくさんいますよ。例えば、私と同じように海洋環境に関する学部を卒業した後、弁護士になった同期がいます。その人は大学在学中に、たまたま弁護士の話を聞く機会があり、そこから司法試験を受けようと決めたそうです。いつ、どんなきっかけで、自分のしたいことが決まるのかはわかりません。現時点で興味のあることを突き詰めて取り組むことはとても大事ですが、それをずっと貫く必要もありません。だからこそ、高校時代はもちろん大学生になっても、視野を広げることに努めてほしいですね。
■応用生物学部 食品?化粧品専攻 食品コース:
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