膨大な実験データをコンピュータで解析して生命科学の新たな知見を得るバイオインフォマティクスは、今後、一層重要になる分野です。
応用生物学部 土井 晃一郎 准教授
生命が持つ情報をコンピュータや統計学などの手法を用いて分析し、生命を解明するバイオインフォマティクスに取り組む土井先生。その具体的な内容についてお聞きしました。
■先生のご研究について教えてください。
私は、バイオインフォマティクスという分野の研究をしています。バイオインフォマティクスとは文字通り、バイオ(生命科学)とインフォマティクス(情報科学)を融合した学際的な学問分野で、生物の実験データや医学のデータから有用な情報を引き出すための計算手法やアルゴリズムの研究を行い、さらに実際にそれらを用いて解析をするというものです。解析とは、例えばすでにわかっているDNAの塩基配列と実験で得たものとを比較して、どういう特徴があるかを調べたりすることです。ですから生物自身を扱うというより生物のデータを扱う研究になりますね。
この分野はまだ新しく、色々なことが確立されていないのですが、そもそもは1990年から始まったヒトのゲノムの全塩基配列を国際協力によって解読しようという「ヒトゲノム計画」など、DNAの塩基配列解析が始まったことを契機に進展してきたと言えます。ヒトゲノム計画が始まる以前は、医学でも生物学でも研究室で実験して得た結果を研究室だけで深めていくという形で、今ほど大量のデータを扱うことはありませんでした。ところがヒトゲノム計画によってヒトの全遺伝子が明らかになり、次世代シーケンサ(遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置)の進歩もあいまって、遺伝子の働きを網羅的に調べることができるようになってきたわけです。ですから研究によって蓄積されているDNA塩基配列などのデータ量は膨大で、現在もそうしたデータがどんどん生み出され、蓄積されていっています。しかし、せっかく手にしたその膨大なデータから必要な情報や新しい情報を引き出して活用することが追い付いていない状態でもあるのです。そこでコンピュータ技術を駆使して、それらのデータの解析を進めていこうというのがバイオインフォマティクスです。
■これまでの取り組みとして、どんな研究例がありますか?
例えば、私が本学に着任する以前に病院で取り組んでいた共同研究ですが、ある珍しい疾患が起こる原因は、ゲノム中に特定の変異があるということを明らかにしました。少し難しい話になりますが、DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4つの塩基から成っています。ヒトのゲノムの中には、例えばCAGCAGCAGというように同じ配列を繰り返す部分がたくさんあって、中でもCAGの繰り返しが大きくなるとある神経系の病気になるということがわかっています。その病気は繰り返し配列の伸長が長くなるとかかりやすいので、それが病気の診断に利用されています。私は、そういう繰り返しの塩基配列で特異なものを新たに見つけ出すソフトウェアをつくり、5年ほど前に論文で発表しました。今年、それを使った成果として、新しい病気が見つかったと古巣の大学から発表されています。
また、本学に来てからは同じ応用生物学部の杉山友康先生の研究室と共同研究に取り組んでいます。杉山先生の研究室が発見した有害物質の六価クロムを無害化する微生物のゲノムを解読することに取り組んでいるところです。
■どういうところに研究の面白さを感じますか?
もともと私は情報系の出身で、大学の学部生時代はアルゴリズムや計算手法の研究をしていました。大学院に進学したころ、最初にお話ししたヒトゲノム計画が始まり、コンピュータ系の人もゲノム解析に参入して研究するようになり、私自身もそこから生物学のデータに関わり始めた形です。
面白く感じる点は、自分の研究成果が医療や医薬品、生命に役立つこと、そこに携われることです。新しい疾患と塩基配列の関係を解明することができれば、病気の診断に役立つうえ、患者や医療分野のプラスになるわけですから。
■教員としての展望をお聞かせください。
本学部では「バイオインフォマティクス」という講義も担当しているのですが、まずは学生たちにこういう分野があるということと、その重要性を理解してもらいたいと思っています。いわゆる生物学の実験をしないことやコンピュータを使うという点で、応用生物学部の学生に響きにくいところはあるかもしれません。ですが、今やどんな研究室でもデータを取って終わりではなく、そのデータの統計処理や解析は欠かせないものです。実験データや解析データを積み重ねていくと、研究室が持つデータは膨大なものになりますし、一方で学外にもいろいろとパブリックなデータがあって、それを研究に利用することは多々あるはずです。
この分野はこれからますます重要になってきますから、そういうことを全く知らないよりは少しでも知っていることが大切だということも含めて、わかってもらえるように教えています。
■受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
繰り返しになりますが、バイオインフォマティクスは、生物学の中でこれからますます重要になってくる分野です。生物学に興味がある人は、あまりコンピュータに興味がないかもしれませんが、今や小学生からプログラミングの基礎を学び、中学、高校でも情報リテラシーやコンピュータの使い方の授業があるほどです。つまり、コンピュータを使いこなすことがそれほど特別なことではなくなりつつあります。
生物が好きだから生物だけでよい、コンピュータはいらないという考え方ではなく、そういうものも技術として活かして、生命科学に関わるという学問分野があり、今、それが重要になってきていますから、ぜひ最初から苦手意識を持たずに挑戦してみてほしいですね。
■応用生物学部:
/gakubu/bionics/index.html
?次回は10月25日に配信予定です