AIで異常分娩を早く正確に予測する研究を、医工連携で進めています!
医療保健学部 臨床工学科 篠原一彦 教授
医療保健学部では、医療AI分科会を立ち上げ、AI(人工知能)を医療分野に応用する研究に取り組んでいます。今回はその詳細を、臨床工学科の学科長である篠原先生にお聞きしました。
■医療AI分科会で取り組んでいる研究についてお聞かせください。
今、かなり良い形で進んでいるものに、福岡大学病院と共同で研究している「周産期生体情報モニタへのAI応用」があります。周産期生体情報モニタとは、女性が分娩するときに母体の子宮の収縮と胎児の心拍数をモニタリングする分娩監視装置のことです。陣痛が始まって赤ちゃんが生まれるまでは、お母さんも大変ですが、赤ちゃんにとっても陣痛のたびに胎盤血流が減って、母体からの血流に呼吸や栄養を依存する胎児にとっては、苦しい状態になります。それでも健康な赤ちゃんであれば、陣痛の波がおさまって締め付けがなくなれば、脈はもとに戻ります。しかし、赤ちゃんが弱ってくると、だんだん戻り方が悪くなり、場合によっては亡くなってしまうこともあるのです。そこで産科医や助産師は分娩監視装置の情報を常に見て、危険な状態だと判断した場合は、帝王切開に切り替えます。
ただ、この装置の計測技術は、こうしたモニタリングが始まった40年ほど前からそう進歩しておらず、お腹の赤ちゃんの動きや向きで色々な雑音が入り、心拍数を倍に数えたり半分に数えたりと誤差が多いのです。そういう乱れは、モニタを見ている産科医や助産師が「これは雑音だ」「これは正しい」と経験に基づいて判断しています。そこで今回、分娩時の子宮の収縮や胎児の心拍数情報からAI(人工知能)で異常分娩を判断できないかと、福岡大学病院と本学の医療保健学部、コンピュータサイエンス(以下CS)学部との共同研究が始まりました。
■具体的には、どういうことが進められているのですか。
ディープラーニング(深層学習)という技術を用いて、AIが異常分娩の兆候を判断できるように学習させるのですが、それにはものすごく大量の症例数のデータが必要です。今、私たちの研究グループは、福岡大学病院を中心に九州の大きな大学病院や産科医療機関の協力により、約4万例のデータを集めることができました。これは世界的に見てもデータ量として非常に多く、私自身、大変驚いています。また、集めたデータには色々な雑音があり、そのまま使えるわけではないため、どの部分を使えば良いか、医師の判断が必要になります。ですから、医学側にはその判断もお願いしました。
一方、本学のコンピュータサイエンス学部では、良い結果が得られるように、深層学習の条件を色々と変えていくなど試行錯誤を繰り返しながら進めてきました。研究の進み具合としては、現状、かなり良い段階まで予測ができるようになっています。ですから今後は、実用化を目指していきます。具体的には、国の様々なプロジェクトに申請し、日本全体のプロジェクトに拡大していこうと進めているところです。
この研究が実用化すれば、社会的な貢献は非常に大きいものになります。というのも分娩時に赤ちゃんの状態を異常だと判断した場合、30分以内に帝王切開で母体から胎児を取り出す必要があります。これはおそらく心臓外科や私が専門としている消化器外科の手術よりも遥かに短時間で、色々なチームが同時に動かなければできないことです。ですから、分娩時の異常判断をもし30分前ではなく40分前にすることができれば、このつくり出せた10分の時間差は大きいと言えます。
また、決して多くはないけれど、中には赤ちゃんだけでなく、母親も重症化して死に至るケースがあります。そういう事態の予測も、これまで医師や助産師がモニタを見て、経験で行うしかなかったのですが、それをAI化できれば、産科医や助産師が減っている日本で今以上に安心安全なお産ができることになります。
■今回は医学と工学(コンピュータ)という異分野での共同研究ですが、どういうことを大切にされましたか?
複数分野で共同研究するには、どちらもウィンウィンであることが重要だと思います。つまり、工学者にとっても医療現場にとっても良いことがあるという関係を築けるかが鍵です。日本の産科医療は世界一安全ですが、少数ながら異常分娩のケースがあります。それをAIで早く正確に予測することができれば、今申し上げたように産科医や助産師が減っている中で、医療現場にも社会にも貢献できます。
一方、今回の研究テーマはコンピュータサイエンス分野にとっても魅力的なものだったと思います。というのも分娩監視装置で医師や助産師が異常だと判断することは、例えば、道路で右折しようとする車が歩行者を待つか進むかという判断に似ているところがあり、その判断は経験や心理状況、性格、その場の状況など総合的なものに委ねられています。そういう複雑な判断をAIで代行するということは、工学の立ち場から見ても魅力あるテーマです。
また、これまで医療分野でAIが適応されているのは、画像診断の領域でした。例えば、AIとは謳われていませんが、心電図の自動診断はかなり実用化が進んでいます。この場合、何か異常を見つけると、「心筋梗塞の疑い」というように自動的に病名が表示されるのですが、最終的な病気の診断や治療の選択については医師が行うことになっています。しかし今回は、そこからさらに一歩踏み込んで、治療の選択、つまり帝王切開をすべきか否かという判断までAIでできないかという試みになります。それは大変価値があり意義のあるAI研究だと思います。
また、工学者、医学者、産科医療のプロという異分野の人たちで、いかにチームワークを発揮するかということも大切です。異分野の専門家で共同研究をする場合、お互いの分野を理解するための言葉が足りませんし、姿勢も異なります。例えば、今回集まった4万例のデータは、工学側にとっては単なるデータでも医療側にとってはそうではありません。4万例の1例1例が、妊婦さんが懸命になって出産し、家族はもちろん産科医や助産師は昼夜を問わず、付きっきりでそれをサポートした賜物なのです。また、4万例中200例くらいは異常分娩で、中には悲しい事実も含まれているデータです。そういうことを理解してもらうために、CS学部の先生には2回、産科医療の現場を見学していただきました。このように異分野の専門家がチームで研究する場合、その間に入って調整するコーディネーター役が不可欠です。その役割を今回は、長年、数多くの医工連携プロジェクトに関わってきた医療保健学部の私が担ったというわけです。
カイロ大学病院にて手術指導
日本での臨床試験開始時の手術用ロボット「ダ?ビンチ」とともに(於、九州大学医学部)
■医療AI分科会では、他にどのような研究に取り組んでいますか?
「臨床医学におけるオントロジー構築」という研究があります。オントロジーとは、コンピュータ用語であり哲学的な意味論でもあり、非常に難しいのですが、言語やコミュニケーションなどを細かい要素に分けて定義していくことを言います。AIはコンピュータですから、AIに人間と同じことをさせようと思うと、人間の行為をコンピュータにも理解できる形で教えてあげる必要があります。例えば、私たち人間が何気なく本を読むという動きをコンピュータに理解させるには、人間の指の操作、目の操作など、すべてをバラバラに分類して捉える必要があるわけです。また、私たちは本を見れば、直感的に本と認識できますが、それをコンピュータにさせるには、本の特徴をこと細かく教える必要があります。そのように細かく要素にわけていくことがオントロジーです。
実際のところ、医療保健学部にとってAIはあくまでもユーザーとして利用するものであって、AI自体を研究することはできません。しかし、オントロジーであれば、医療保健学部のどの学科でもシミュレーターを使った実習などがあるので、そこでの行為をある程度、分析できるのではないかと思います。その結果をAIに適用して、例えば採血の上手な人、点滴を刺すのが上手な人の動きを学ばせて、学生の指導に活用できないかと考えています。
また、学生の試験データや実習データをデータベース化し、彼らが医療従事者として育つ過程での教育や指導の評価をAI化できないかという研究も少しずつ進めています。
■受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
臨床工学技師は、患者さんと医療機器と医療従事者全体を結ぶ、要役です。そして、患者さんの生命を直接支えるプロフェッショナルです。病院内で唯一、工学の知識を持つ医療従事者ですから、先端技術に支えられた医療機器の安全な運転には欠かせない存在ですし、彼ら自身が手術中の人工心肺や人工透析の装置を操作することから、命のエンジニアと呼ばれたりもします。責任は重大ですが、患者さんに感謝される、やりがいの大きい仕事です。また、この資格は国家試験の合格率が現役の場合、全国平均で9割前後ですから、地道に努力を積み重ねれば必ず報われる分野でもあります。そのことを念頭に、ぜひチャレンジしてみてください。
■医療保健学部WEB:
/gakubu/medical/index.html
?次回は9月28日に配信予定です