目に見えない微生物が持つ優れた機能を見つけ出して、社会に役立てよう!
応用生物学部 松井 徹 教授
微生物を使って石油から硫黄を取り除く研究など、微生物の持つ様々な力を生活や産業に応用しようと取り組んでいる松井先生。今回は、研究室で取り組んでいる研究をいくつかピックアップしてお話しいただきました。
■先生は、どのような研究に取り組んでいるのですか?
私が率いる「バイオプロセス工学研究室」では、微生物の持つ機能を環境保全や医療などに活用し、社会貢献することを目標に研究しています。研究は、まず良い微生物を探し出すところから始まります。例えば、ある病気の予防や治療に役立つかもしれない、あるいは環境浄化に役立つかもしれないという狙いを定めて、微生物を探してくるわけです。探す場所は、たいてい人の手が加えられていない所であれば、どこでも可能性があります。今年、ノーベル賞生理学?医学賞に輝いた大村智先生も、静岡県のゴルフ場近くの土から採取した微生物によって、寄生虫病の治療薬開発に貢献され、受賞されました。ですから、500箇所や1000箇所といった様々な土地から土を集めてきてスクリーニングをし、こちらが狙っているような機能を持つ微生物を見つけるというところが研究の出発地点なのです。
その次のステップとしては、見つけてきた微生物のことを調べて、遺伝子工学などを用いて育てます。また、私は“オーディション”と呼んでいますが、良い微生物の隠れた才能(機能)を見つけ出すことにも取り組みます。そしてその機能を産業に役立てられるように、機能を持つ微生物を大量生産できるプロセスを構築します。これら3つのステップを“バイオプロセス”と呼び、研究室名にも冠しています。
■では、具体的な研究例を教えてください。
代表的な研究のひとつに、“バイオ脱硫”という硫黄を除くことができる微生物を見つけ出した研究があります。私たちの暮らしに欠かせないエネルギー資源に石油がありますが、実はこれはそのままでは使うことができません。ある程度、環境に負荷がかからないように、きれいな状態にしてからガソリンやディーゼルオイルにして利用されています。その工程で取り除かれるもののひとつが、硫黄です。硫黄はSOXと呼ばれ、酸性雨の主な原因になるため、使う前に石油から取り除いておく必要があるのです。それをバイオで実現しようと、非常にチャレンジングなプロジェクトに取り組みました。この研究でも、まずは硫黄を除去する微生物を関東と沖縄の土から見つけてくるところから始まりました。現在は、その微生物の機能がどんなところに使えるのかを調べているところです。具体的には、その微生物が硫黄を分解できることは分かっているのですが、硫黄を含む複雑な構造を持つ物質の場合はどう分解するのか、複雑な構造のものをどこまで分解する力を持っているのかということを明らかにしようと、研究室の4年生が一生懸命取り組んでいます。今のところ、かなり良い結果が得られていて、期待が高まっているところです。このように、最初は1つの目的、この場合で言うなら“硫黄を分解できる微生物”を探すわけですが、それが見つかると、他にどんな潜在能力を持っているかを私たち研究者が見つけ出してやらなければなりません。それによって酸性雨だけでなく、他の切り口で環境浄化に貢献できる可能性が広がりますからね。そういうところに、この研究の深みがあるのだと思います。
また、学生が興味を持っている研究で、新しい菌、新種を見つけるという取り組みも並行して行っています。遺伝子の分析や化学分析で、今までにはない性質の微生物だということを証明できれば、自分で名前をつけることができますから、モチベーションも上がります。ただし、当たり前ですが、そう簡単には見つかりません。私自身、20年以上研究を続けていますが、これまでに2つしか見つけられていません。そのひとつが、沖縄で研究をしていた頃に、沖縄本島北部のヤンバル(山原)と呼ばれる地域の森から採取した微生物です。それが新種だと判明し、ヤンバルエンシスと名付けました。もともと“ヤンバル”という響きが好きで、沖縄のヤンバル地方から新種の微生物を見つけることができたら、その名を付けたいと思っていたんです。そういう経験が、もしかしたら学生もできるかも知れないということで、研究室の学生と一緒に自然が豊富な本学のキャンパス内や高尾山周辺に土を採取しに行っています。ゆくゆくは、高尾山で新種の微生物が取れて、“タカオエンシス”なんて名付けられたらよいなと思いますね。
それから新種ではないにしても、色々な新しい微生物を探しだして、それらをライブラリー化するという仕事もしています。私が沖縄にいる頃につくった「沖縄微生物ライブラリー」というデータベースがあって、そこでは微生物の種類や各微生物の持つ機能などを広く浅く調べたものを紹介しています。これは企業との共同研究の入口になる、つまり研究の最初のステップになるものですから、非常に重要な研究のひとつです。このように見つけた微生物資源をライブラリー化していく研究にも取り組んでいます。
新しい機能微生物が潜む(?)土壌サンプル達
■この分野の研究の面白さや魅力は、どんなところにあると思いますか?
第一に、自分の手でオリジナルなものを捕まえられるということが挙げられます。世界中に研究者がいるなかで、自分が本当にオリジナルの微生物を見つけて持っていれば、自分のペースで研究を進められますし、もしかしたら、その中に大発見が隠れているかもしれないという可能性もあります。そういう微生物の力を見つけ出して、社会に役立てるということは、やりがいも大きいと思います。また、見つけた微生物が、誰も発見していない新種だということになれば、単純にうれしいですよね。そういうところも、研究のモチベーションになると思います。
■研究を通して学生に、どんなことを身に付けてほしいですか?
ひとつは、微生物の扱い方です。微生物は目に見えないものですし、単に色々なミネラルを混ぜ合わせているような感覚で作業してしまいがちですが、目には見えなくても相手にしているのは生き物です。しかも、この研究室で使用しているのは、この研究室オリジナルの微生物ですから、失ってしまえば卒論も書けなくなります。ですから保管方法や無菌操作での注意点など、微生物の扱い方をきちんと習得して卒業してほしいと思っています。
それから、石油などを分析するガスクロマトグラフィーという機械の操作方法や化学分析も身に付けてもらっています。特に当研究室の学生は、全員がガスクロマトグラフィーを扱えるよう指導しています。これは講義では習わないことですが、社会に出てから必ず役立つものですから、最初に使い方をしっかりマスターしてもらっています。
こうした微生物の扱い方や機械操作、化学分析の知識は、卒業研究を進めるうえで必要なスキルですから、速やかに、どんなテーマの研究にもスムーズに入っていけるよう、研究室に所属したらすぐに学んでもらうようにしています。
また、研究は実験や論文だけでなく、プレゼンテーションで人にわかるように説明することも大切です。そのため私の研究室では、プレゼンやまとめる力が身に付けられるように、力を入れています。そういう力は、就職活動でも必ず差が出る“強み”になりますからね。具体的には、プレゼンのテクニックを教えるようにしています。スライドの構成や枚数、文字の大きさなど、色々とテクニックはあります。そういう力を培って、学生が社会に出て、会社でプレゼンをするときに、最初から最後まできちんと一人でできるようになってほしいと思っています。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
この大学で研究したことが、ひとつでも実用化に近づけばと思って研究に取り組んでいます。また、うちの学生はすごく元気があるので、みんなで協力して何かを発見する楽しさを経験してもらいたいと思っています。研究室で見つけた微生物の機能だったり、新種の発見だったり、みんなで成し遂げる経験を共有したいですね。
それから教員としては、学生が卒業後、きちんと就職して、東京工科大学で学んで良かったと思ってもらえるように指導していくつもりです。特に就職に関しては、資格取得を積極的に学生に勧めていて、この1年間でこの研究室に所属する学生の半数が何らか資格を取得しています。資格取得は単位とは関係ないものですが、学生が積極的な姿勢を見せてくれるので、私としてもうれしいです。また、そうした学生のモチベーションの高さが研究室全体の活気にも結び付いていて、当研究室では2年連続、学長賞を受賞しているところも誇らしいところです。こういう研究室の勢いや活気を大事にしていきたいと思っています。
■応用生物学部WEB:
/gakubu/bionics/index.html
?次回は12月11日に配信予定です。