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“暮らし”という視点を持って考えられる理学療法士になってほしい。

2015年6月12日掲出

医療保健学部 理学療法学科 宮﨑 貴朗 准教授

高校卒業時は、プロのジャズミュージシャンを目指していたという宮﨑先生。理学療法士となってからは、リハビリテーションセンターや保健所、病院、在宅サービスセンターなど、多様な現場で臨床経験を積み、現在は“地域リハビリテーション”の研究に取り組んでいます。今回は、研究の詳細や本学での取り組みについてお話しいただきました。

■先生のご研究についてお聞かせください。

 通常、理学療法士は、病院や医療機関、介護施設などの患者さんや入所者を対象としますが、私の場合はそれ以外のところを対象にしています。“地域理学療法”や“地域リハビリテーション”と呼ばれるもので、患者さんが病院や介護施設から退院して、地域に戻ってきたところのリハビリテーション(以下、リハビリ)を扱っています。もっと具体的に言えば、家の中での生活、暮らしを対象にしたリハビリですね。ただ、そうと聞くと、在宅サービスのことだと思われがちなのですが、実際にはそれだけではありません。暮らしやすさを追究すると、街や地域全体を変える必要性も出てくるので、“地域リハビリ”には、暮らしづくり、街づくり、地域づくりまで関わってくるのです。

 例えば私の研究室では、毎年、卒業研究の一環で、学生にフィールドワークとして街の中のバリアフリーやユニバーサルデザインを調査研究してもらっています。1期生のときは、当時、出来たばかりの東京スカイツリーへ行きました。最近の建物は、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー新法)という法律に則ってつくられているので、ほとんどバリアはありません。ですからスカイツリーも、細部まで配慮されていて、非常によくできていました。ただ、実際に足を運んでみて、新たなバリアを発見することにもなりました。例えば、とても混雑していること。そういう今までとは違った視点でのバリアが見つかっています。
2期生のときは、本学の最寄り駅である蒲田駅周辺を歩いてみました。蒲田はお年寄りの多い街ですから、街は非常に整備されています。誰もが使えるユニバーサルデザインになっているんですね。とはいえ、明らかに朝夕の混雑時に、お年寄りの姿を見かけることはありません。ですからお年寄りたちは、混雑する時間帯を避けて生活を送っているということが分かりました。

 今年の卒研生は、みんなが使いやすい街とはどういうものかを考える研究をしています。そういうことを考えてみると、結局は“心のバリアフリー”と呼ばれる“やさしさ”に行きつくのではないかと思います。ですから、今年は“やさしさ”という観点で、街にあるものを探すというフィールドワークに取り組んでいます。ある学生は、JR京浜東北線の横浜駅から大宮駅まで、全駅のベンチを撮影してきました。そうすると、単なる座るためのベンチというよりも、とてもほっとするベンチだとか、だだっ広いところにポツンとあって居心地の悪いベンチだとか、ベンチにも色々あることがわかります。例えば、ベンチの設置場所から見える風景なども居心地には関係してきますから、バリアフリーのベンチであっても、“やさしい”とは言えないものもあるわけです。つまり街における“やさしさ”には、細かな評価ポイントがあり、何がやさしいのかを判断することはとても複雑なのです。とはいえ、街や地域のバリアフリー化を考えるときには、“やさしさ”や“やさしい街”とはどういうものかを考えることが大事なポイントになるのではないかと思っています。

■バリアフリーを考えるにしても、今までとは違う視点が必要だということですね。

 そうです。また、実際に外に出て、体験することで学ぶことも多いですし、私自身、観点がずれていたと気づかされたこともあります。例えば、先ほども言いましたが、蒲田はお年寄りがたくさん住んでいる街で、大田区はバリアフリー化などを積極的に推進している、やさしい街だと言えます。一方で、私は地元の人間ではないので、JR蒲田駅と東急蒲田駅のつがなりがわかりにくいと感じたのですが、実際、地元の方は困っていないそうです。というのも、お年寄りたちはこの街の発展とともに年齢を重ねてきているので、どこに何があるかをよくご存知なのです。ですからユニバーサルデザインのニーズは少ない。そういうことは一般に専門職の人が手がけるバリアフリー評価基準では、評価できない目線のものだと言えます。専門職の方は、段差があるかとか看板が分かりやすいかとか、色々と調査して提言しますけど、蒲田の場合、地元で何十年と暮らしている人は、そういうことを気にしていません。それよりも、人気店ができて混雑するから通りにくいということに困っていたりするわけです。だからこそ実際に足を運んで、自分で体験したり、話を聞いたりすることが大切になってきます。

 また、今の話からも分かるように、何に対して困っているか、何がやさしさかということは、地域や場所によって異なるものです。ですから学生には定型的に捉えるのではなく、色々なケースがあることを、体験を通して知ってほしいと思っています。

■授業でもそうしたフィールドワークを取り入れているのでしょうか?

 3年生の選択授業「生活環境学」では、学生3名のグループを4つほどつくって、グループごとに車いすで蒲田駅周辺を回ってみるということをしています。この授業では、バリアやユニバーサルデザイン、心のバリアフリー、バリアフリー新法といった制度に関することを事前に座学で学んだ後、街を見に行ってもらいます。座学によって知識は得ているわけですが、頭でっかちにならないように、とにかく体験してみようということで、学生を外に出すのです。車いすで行きたいところに行って、ご飯を食べてもお茶飲んでも何をしてもよいと言っています。車いすに乗る人とその介助者と役割を決めて、途中で交代しながら、経験してもらいます。

 また、授業ではありませんが、ゼミ生をボランティアとして「大田区障害者スポーツ倶楽部」の活動に参加させたりもしています。健康体操や卓球、バドミントンなどを一緒にすることで、障害のある方や地域の方と実際に触れる経験をして、色々なことを学びとってほしいと思っています。

■先生が街づくりやユニバーサルデザインなどを扱う“地域リハビリ”に目を向けるようになったきっかけは何だったのですか?

 長年、理学療法士として病院やリハビリセンター、在宅で、高齢者から子供まで、非常に幅広い臨床経験を積み、たくさんの患者さんと接してきました。そのなかで、やはり「暮らし」を対象にしないとダメだと思ったんです。病院や介護施設などでは、定型的なリハビリしか提供できませんが、本来は個人個人の暮らしや職業、家族構成によって、必要なリハビリは変わるものだと思います。いつも犬を散歩させている人、ガーデニングをする人、盆栽をしている人、本格的に家庭菜園をしている人もいれば、こだわった料理をつくるのが好きな人もいます。そういう“暮らし”を含めて考えたリハビリをしたいという思いがあって。それで地域に飛びださなければと、今のようなテーマで研究をするようになったのです。

 また、これはたまたまですが、私が新卒でいきなり在宅リハビリを経験したというのも大きいと思います。当時はまだ珍しかったのですが、横浜市総合リハビリテーションセンターに地域サービス室という在宅リハビリや在宅医療などのソーシャルサービスを提供するところがつくられて。理学療法士はどうしてもリハビリで関わることが多いのですが、それ以外にも住宅の改造や保健所で新生児や子供の療育相談といったことに私も加わって、運動的な面をフォローしていました。今は、リハビリも急性期や回復期、整形外科、循環器科と細分化され、仕事も分担されていますが、当時、私が働いていたところはとにかく何でもする、何でも屋さんだったので、午前中は在宅リハビリをして、午後から子供を見るというように、1日の中でもすることが全然違っているんですね。そんなふうに幅広く何でも経験できたことが、今につながっているかもしれません。毎日、新しいことだらけで楽しかったですからね。

■では、学生にはどういう理学療法士になってほしいとお考えですか?

 やはり“暮らし”という視点を持って、対象者やリハビリを捉えられる理学療法士になってほしいです。例えば、これは私の臨床現場での体験談ですが、ある患者さんは、障害者が握りやすいフォークや食べ物をすくいやすいお皿として開発されたユニバーサルデザインの食器を使ってご飯を食べても、「おいしくない」と言うんですね。もちろん機能面では、握りやすいスプーンもすくいやすいお皿も考えに考え抜かれてつくられた素晴らしいものです。でも、これらは“おいしそう”という観点では、つくられていません。私自身、あまりそういう感覚はよく分らなかったのですが、年をとればとるほど、地元?九州の焼き物である有田焼が好きになってきて、だんだんそういうことが理解できようになってきました。お茶はマグカップで飲むより、湯のみで飲んだほうがおいしいし、紙コップでコーヒーを飲むよりはきれいなコーヒーカップで飲んだ方がおいしいですからね。

 今はユニバーサルデザインにも、そういうアプローチがなされていて、高齢者施設で使う食器をプラスチックから陶器や木のものに替えるところも出てきています。そういう感性はすごく大切なので、それを知ったうえで、病院などでのリハビリに取り組んでほしいと思います。逆にそういう感性を忘れがちなユニバーサルデザインは、寂しいものです。ですから暮らし目線、患者さん目線というものを大事にしてほしいです。

 また、自分なりの意見を持つように心がけてほしいですね。臨床現場で患者さんと向き合うと、医学的な知識だけでなく、患者さんの生活背景を理解し、それに対する考えを持って話す必要があります。それはつまり一般教養というものです。時事問題などにも関心を持って、そういう教養部分を豊かにしてもらいたいですね。

 それから大学では、理学療法士の国家資格を取るために勉強することが第一ではありますが、スポーツや楽器など、自分の趣味や好きなことは、頑張って続けてほしいと思います。私自身、ジャズバンドでサックスを吹いていたのですが、大学時代の教官に、いつか役立つことがあるかもしれないから続けるように言われた覚えがあります。その教官は、ある患者さんの誕生日に、ある医師がギターを弾いてあげたら、すごく喜んだというエピソードを例に、リハビリには自分のできることが役立つこともあるのだと教えてくれました。学業は大切ですが、大学生でもあるわけですから、続けていることが何かしらあったほうが、人生においても理学療法士として臨床に出ても、きっとプラスになるだろうと思います。

■医療保健学部 理学療法学科WEB
/gakubu/medical/pt/index.html

?次回は7月10日に配信予定です。