看護学生がリアルに対象者をイメージできるようなバーチャル体験教育システムを開発中!
医療保健学部 看護学科 太田 浩子 准教授
看護学生に、リアリティある患者のイメージを持ってもらえるようにと、バーチャル教育システムの研究開発に取り組んでいる太田先生。今回は、同じ看護学科の先生やメディア学部の先生方と共同で開発している研究例を中心にお話しいただきました。
■先生のご研究についてお聞かせください。
現在、私は基礎看護学を教えているのですが、もともと臨床では小児を対象としていた時期が長かったので、今日は小児領域を対象にした研究についてお話ししたいと思います。
ここ数年、本学のメディア学部や看護学科の先生方と一緒に取り組んできた研究のひとつに、「子育てバーチャル体験教育システム」の開発があります。これは、学生にバーチャルで子育てを経験してもらうことで、よりリアルに子どもの発達上のさまざまな特徴や生活習慣を学んでもらおうという教材で、パソコンはもとよりiPhoneなどのスマートフォンにも対応したWebアプリケーションになります。
まず第一弾として、昨年、新生児期の子育て体験ができる教育システムを完成させました。これは生後6日~30日目の約25日間、新生児のお世話を疑似的に体験できるというもので、朝昼晩と時間を進めながら、授乳、オムツ交換、沐浴などに対処していくという内容になっています。具体的には、体験者である学生が、アプリケーション上で新生児の性別を選び、名前をつけます。その後、画面上に表示された赤ちゃんのイラストが泣くのですが、その泣いている原因を画面右側に並んだ授乳、オムツ交換、沐浴のアイコンの中から選択することで見つけて、対処していきます。選んだ対処が赤ちゃんの泣く原因と合致していない場合は、赤ちゃんが泣きやまなかったり表情を変えた反応を返したりします。
子育てバーチャル体験教育システム
たとえば、授乳を選んだ場合、それが赤ちゃんの泣いている原因と合致していたら、画面が変わり、ミルクの量を数字で入力する画面が出てきます。新生児期の生理学的な胃の大きさから、新生児が1日にどれくらいの水分や栄養を必要とするかという数値的なことは明らかになっていますから、それを学生が赤ちゃんの体重などをもとに、自分で計算して入力します。次にミルクの温度を設定し、入力した数値に問題がなければ、赤ちゃんにミルクを与えている画像となり、赤ちゃんは泣きやみます。また、授乳後は、赤ちゃんを抱いて背中を軽く叩いてやり、げっぷをさせるという一連の流れが表示されます。この部分は、体験者に繰り返し見てもらうことで、覚えてもらうところになります。
子育てバーチャル体験教育システム-ワンポイントアドバイス
その他、オムツ交換の場合は、性別によってお尻の拭き方が違うなど、一定のルールがあるので、そういうことを設問として出し、正しい答えを選択してストーリーを進めてもらう形になっています。それからアクシデント的なものも、時々、入ってくるように設計しています。子どもの事故は発達段階によって変わるのですが、新生児の場合で怖いのは窒息です。ですから、何かものが顔にかかるとか、何かしら危険があるときに、どう対処するのか選択するという場合もあります。
この教育システムは、現在も開発が進んでいて、今年、生後3ヵ月~6ヵ月くらいの乳児前期の子育て教育システムが完成したところです。また、今は生後9カ月~1歳くらいまでの乳児後期の開発を進めています。
■教育システムを開発するうで、工夫した部分やこだわった点はありますか?
毎回、ひとつのイベントが終了するたびに、ワンポイントアドバイスが表示されるので、体験者は今、学んだことを復習したうえで、次の設問に進んでいけるようになっています。また、学習終了後は、総合的にどのくらい回答できたかを示す得点評価と、看護実践に必要な要素である、観察力?判断力?実行力?柔軟性?正確性に区分されたレーダーチャートが表示されます。そこでは、これまでの回答を振り返って、「こういうところが適切でないので、おさらいしておきましょう」といったコメントも併せて表示されます。このように、自分の回答を振り返るという内省機能を加えたというところが、こだわりのひとつですね。
それから、私自身はこの教育システムで、学生にリアルな子どものイメージを掴んでもらいたいと思っていたので、イラストもリアルなタッチのものをと考えていたのですが、メディア学部の学生に体験者は高校生や大学生が中心なので、ゲーム的な感覚を大事にして、かわいい子どものイラストにしたほうがよいのではと提案を受けました。そこで赤ちゃんのイラストや画面の色使い、アイコンなどにかわいらしさを加えたんです。そのうえ、体験者が赤ちゃんの名前をつける形にしたので、みんな愛着を持って取り組んでくれています。
■なぜ、こうした体験教育システムを開発しようと思ったのですか?
最近の学生たちは、普段から子どもと関わる時間や機会が少ない環境にいます。身近に子どもがいるとか、生活を共にしているという人は、本当に少ないんです。そのため、講義やビデオで子どもの発達を見せても、子どもがどう成長していくのか、どういう考え方や動きをするかということが、今ひとつ、イメージとして掴めないようです。ですから学生が実習へ行く前に、少しでも具体的な子どものイメージを持てるようにしたいということで、この研究を始めました。
看護とは、健康障害を抱えながら日常生活を送る患者さんを援助する仕事です。つまり病気であっても、できるだけ日常生活に近い状態で患者さんを支援することが、看護の基本的な考えとしてあるわけです。ですから、子どもたちが普段、どう生活しているのかがわからないままでは、それに近い状態で支援することはできません。そういう理由から、子どもたちがどう発達していくのか、どういう生活しているのかを、学生に実感を持って理解してもらおうと、開発に取り組んでいます。
講義風景_01
■授業では、どういうことを教えているのですか?
今年度から「看護理論?看護過程」という授業を担当しています。看護は“実践の科学”と言われていて、理論を実践に使うことが重要とされる分野です。ですから、まず看護の考え方や看護とは何か、看護をするために何が必要かといったこと、看護理論として学んでいきます。そして、その理論を患者さんに活かしていくには、プロセスがあります。単に感覚的に「患者さんが辛そうだから、何とかしなくては」と思うことも大切ですが、その辛そうにしていることが、どこから発生しているのかという根本の原因を追求して、解決していかないと、看護が無駄になりかねません。そのように看護のプロセスを学習し、それを実践に繋げていくという授業が、看護過程になります。
この授業で工夫している点は、LTD(Learning Through Discussion)学習法を取り入れているところです。これは授業を受ける前に予習をしてもらい、それを元に学生同士でディスカッションをして、理解を深めていくという学習方法になります。看護過程では、ヴァージニア?ヘンダーソンという看護理論家の理論をベースに、看護展開をしてもらうのですが、このヘンダーソンがどのように日常生活を捉えているか、看護を捉えているか、患者をどう理解しようとしているかということを、予習をしたうえで、グループに分かれて討論し、その理解を深めてもらっています。ちなみにLTDに対する学生の反応としては、他の人の意見を聞くことで、同じ課題に対して違う視点があることを知り、色々な視点で考えることができたと好評でしたね。
また、この授業では、模擬患者によるシミュレーションも取り入れています。先ほど、学生は子どもに接する機会が少ないと話しましたが、同様に患者さんと接することも、そう多くはありません。そこで知り合いの俳優の方に、学生の前でリアルな患者役を演じてもらうということをしました。従来の授業では、病気や症状、困っていることなど、患者さんの情報を文書で紹介して、それをもとに看護展開をしていくのですが、今回は文書ではなく模擬患者を演じてもらうことで、よりリアルに伝えようと試みました。
これもやはり、学生が実習に出る前に、できるだけリアルなイメージを持ってもらえるようにしたいという考えからです。学生や新人の看護師は臨床現場に出ると、経験値が少ない分、現場慣れするまでに時間がかかります。中にはショッキングなことに直面して、落ち込んでしまって、なかなか回復できないということもあるんですね。でも私たち看護師は、目の前にいる患者さんに手を差し伸べることが、一番大切な仕事ですから、いつまでも落ち込んでいるわけにはいきません。ですから実習に出る前に、授業の中で何かしら想像と実際のギャップを埋めるような経験ができれば、より早く現場で患者さんと良好な関係性を築けるかもしれないと思って、シミュレーションを取り入れているのです。
講義風景_02
■学生には、この大学でどのような力を身につけてほしいですか?
今の若い人たちは、基本的にすごく優しいです。でも優しさの裏返しで、案外、弱い部分もあるのではないかと思います。ですから、心の優しさは大事にしつつ、現実にきちんと対峙できる自信、知識、経験を培っていってもらいたいですね。看護師の仕事は、やりがいが大きい分、厳しいところもあります。そういう現実に直面したときに、逃げないでいられるような強さを、大学で学ぶ中で身につけてほしいです。倒れても立ち上がる力というのでしょうか。本学を卒業して看護師になるかどうかは別としても、そういう力は社会で生きていくうえでは、すごく大切になるだろうと思いますから。
講義風景_03
■最後に今後の展望をお聞かせください。
「子育てバーチャル体験教育システム」では、このシミュレーションを体験したことで、結果的に何に繋がったかということを、まだ明確にできていないところが課題です。ですから今後、このシミュレーションで学んだことが、どう臨床現場で想起されているのかというところを検証していきたいと考えています。
また、学生がこの教材で最終的に得た総合得点や評価と、その学生が実習に行って指摘される評価に、似た傾向があることがわかっています。臨床では、患者さんと関わる中で、「この人はここが辛そうだ」とか「こういうところに援助が必要かも」ということを感覚的に捉える、“気づき”がものすごく大事になってくるのですが、たとえば、その部分が実習の評価として低い学生は、この体験教育システムでも、その部分の評価が低く出ているんですね。その“気づき”がなかなかできないベースには、何があるのかということを科学的に考えていく必要があります。その原因を掴んで、実習に出る前の学生の、弱い部分を強化できるようにもっていければと思っているところです。
それから、これまでは小児看護を対象にした子育て教育システムの開発を行ってきましたが、子どもの発達以外で、今度は健康障害という視点から、同じような教育システムをつくりあげられないかと思っています。特に看護過程という基礎領域においては、こうした教育システム開発の必要性を感じていますから。まずは、学生が実際の患者さんのイメージを掴めるように、より現場に近く、よりリアルな体験型の教育システムをつくり上げたいですね。
また、教育者としては、私の授業や研究に関わってくれた学生が、将来、「あの時、学んでおいてよかった」と思ってくれたら嬉しいです。教育は、結果が出るのに時間のかかるものですから、学生が巣立って何年か経った後に、成果が見えてくればよいなと思っています。そうなることが教育者としての目標であり、楽しみにしていることです。
■医療保健学部WEB
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?次回は11月14日に配信予定です。