実用化目前の研究から世界初のデバイス開発まで、長年の研究成果が結実し始めています
コンピュータサイエンス学部 三田地 成幸 教授
光ファイバを用いた生活に役立つセンサの研究開発や、光デバイスの材料開発などに取り組んでいる三田地先生。中でも前回の取材で紹介した“光ファイバ型睡眠時無呼吸センサ”は、いよいよ実用化の段階に入っているそうです。今回はその詳細と、それ以外で進展のあった研究について伺いました。
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■前回の取材では、光ファイバ型睡眠時無呼吸センサ(F-SASセンサ)の研究をご紹介しました。その後、この研究はどのように進展したのでしょうか?
今、F-SASセンサは、福島県相馬市にある携帯電話やスマートフォンの基板のマイクロ実装が得意な“(株)アリーナ”という会社と一緒に、製品化を目指している段階にあります。同社とは8年近く前から液流センサの研究でお付き合いがあったのですが、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県が、その復興を目的に、県内にある医療福祉機器の製品開発や実証実験に取り組む企業の支援制度を始めたことから、その助成を受けて一緒にF-SASセンサの実用化に取り組むことになりました。今年で3年目を迎えますから、いよいよF-SASセンサをビジネスにする、つまり製品化しなければならない時期となり、今、一生懸命それに向けて取り組んでいるところです。やや重い表現かもしれませんが、この研究室としては、自分たちの研究が少しでも福島支援になればという思いを持って進めています。
実用化を目指して、具体的に取り組んだことのひとつが、F-SASセンサの制御部分の小型化です。F-SASセンサは、人間ドックなど医療機関内での使用を想定しているので、臨床現場で実際に機器を扱う医師に意見を伺ったところ、看護師の制服のポケットに入るくらいの大きさであることと、電池駆動であることを要望として頂きました。その要望を反映して改良を加え、従来機に比べて体積が15.3%、重さは19%まで小型化ができています。また、東北労災病院の協力を得て、同病院の人間ドックで小型化したF-SASセンサの臨床試験を実施し、小型機も含めF-SASセンサは人間ドックでの睡眠時無呼吸症候群(以下、SAS)のスクリーニングに有効だという結果を得ることもできました。
とはいえ実用化を実現するには、我々の間で“デスヴァレー(死の谷)”と呼んでいる(笑)、超えなければならない難関があります。それは、今回の実用化においては、医療機器の製造販売承認を厚生労働省からもらうことです。この承認を得るため、製造販売に興味を持ってくれているT社とK社という大手2社に話を持って行くなど、申請に向けて着実に歩みを進めています。これが承認され、製品化が可能となれば、医療現場で医師が使う機種以外に、家庭で使えるような機種の開発もできるかもしれません。そういうことを願って、今、取り組んでいます。
■学生は、この研究にどのように関わっているのですか?
研究室では、長年、F-SASセンサで測定したデータを自動解析するソフトウェアをつくりあげてきました。例えば、先ほどの東北労災病院の人間ドックで測定したデータは、担当医からこの研究室に送られ、自動解析ソフトを使って解析しています。このソフトは、現在で39回もバージョンアップが重ねられていて、解析時間はわずか1秒と非常に速いです。この解析ソフトの中で、データをどういう方法で解析するかというアルゴリズムの考案を学生に担ってもらっています。本当ならプログラミングまで学生に手がけてもらえると良いのですが、実用化を目指した医療機器では高度で正確なプログラミングが求められるため、その部分に関しては外部のプロにお願いしています。
また、前回の取材でも話したように、F-SASセンサは光ファイバの入ったシート上で眠るだけで、SASの可能性を判断できる画期的な装置ですが、脳波計を装着しないので脳が眠っているのか覚醒しているのかまでは、把握することができません。そのため、病気の確定診断には用いず、人間ドックなどでSASの疑いがある人を見つけ出す、スクリーニングとして使用することを前提に考えてきました。しかし、この部分にも進展があって、研究室ではF-SASセンサを使って得られた数値の波形から、脳が覚醒しているかどうかを判断する「中途覚醒取得型F-SASセンサシステム」の開発に取り組んでいるところです。この開発でも学生には、F-SASセンサで得られた数値の波形から、どう解析して脳の覚醒状態を確認するか、システムにどのような計算をさせるかというアルゴリズムの研究を担ってもらっています。
また、開発した「中途覚醒取得型F-SASセンサシステム」でデータを自動解析した結果と、医療機関でSASの確定診断に用いられているポリソムノグラフィ(PSG)で測定した結果との比較検証も行っています。その結果、中途覚醒判別機能を持たせた私たちのシステムが割り出した総睡眠時間と、脳波計を装着して測定するPSGが解析した総睡眠時間は、似たような数値であるとわかりました。つまり、脳波計をつけていなくても、起きているか寝ているかを判定する可能性を示すことができたのです。とはいえ医学的根拠という裏付けには、もっと臨床試験の症例数を増やし、数値比較を行っていかなければなりません。そのためにも東北労災病院の人間ドックはもちろん、これまで続けてきた筑波大学附属病院や山梨大学医学部小児科での臨床試験をさらに積み重ねていき、医学的な裏付けをとりたいと思っています。
■では、他に手ごたえのあった研究について教えてください。
2001年に本学に赴任した際、学生に喜んで取り組んでもらえる研究テーマをと、F-SASセンサや今の通信では伝えていない“香り”や“触覚”に関するセンサの研究を始めたのですが、一方で本来の通信が伝えている画像や音声信号の伝送速度を革新する材料研究も進めてきました。実はこちらが私の本業と言いますか、本来の研究分野になります。
例えば、私たち人間の目の中には、視物質といって光に応答する分子があります。網膜の中にあるレチナールという分子で、光が当たるとフェムト秒(10のマイナス15乗秒)クラスの速さで、光に応答し変化するというものです。このレチナールをデバイスにしようという研究に、2001年から取り組んできました。そして昨年、ついにひとつの大きな成果を上げることができたのです。
簡単に説明すると、食肉用として処理された牛の目から抽出したレチナールと、キトサンという化粧品等に入っている保湿剤で、カニやエビの甲羅に含まれる天然の高分子を、化学的な工夫を凝らして交互に重ねたデバイスを開発したのです。このデバイスは、光を当てると、なんと9時間も応答するという長寿命デバイスです。さらに量子効率、つまり光が当たると、いくつ電子が飛び出したかを計算したところ、4.53という数値が出ました。フォトン(光子)が1つ来ると、電子が4.5個出たのです。これはかなり驚異的な数字だと言えます。というのも今、通信の世界で使われているものは、フォトンが1個来ると、せいぜい0.6~0.8個しか電子を出しません。ですからこの研究室では、非常に効率の良い“単一フォトン応答デバイス”の開発に成功したのです。高効率ということは、低消費電力デバイスだと言えます。光を電気に置き変える時に、1つのフォトンを4.5個の電子に変える、つまり約5倍に増幅して置き変えてくれるということですからね。
この研究がうまく進めば、ソーラーパネルなどに革命をもたらすかも知れませんし、真っ暗闇でも画像化して光を見せることができる暗視装置に応用が考えられるなど、限りない可能性を持っています。ただし、当初の目的であった速度に関しては、まだ私たちは手にできていませんから、今後、さらなる研究に取り組んでいかなければなりません。
また、学部生が卒業研究としてがんばった結果、素晴らしい成果を上げた“超高速一括波長変換デバイス”に関する研究もあります。現在の波長変換デバイスには、加工が難しい単結晶材料と呼ばれる宝石のようなものが用いられていて、熱をかけてポーリングするという方法が取られています。それを私たちは、安価で加工性の高いテルライト系ガラスで、しかも紫外線レーザーによるポーリングをしようと試み、世界で初めて成功させることができました。こういう研究の醍醐味を実感する経験が学部生にできたということは、学生にとって大きな自信となるので、非常に教育効果が高いと感じています。研究はチャレンジですから、これからもこうした研究に挑戦していきたいですね。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
まずは、F-SASセンサが“死の谷”を越えて、実用化することに全力を注ぎます。それにより相馬市のアリーナ社にビジネス的な成功をもたらすと同時に、福島県の復興に少しでも貢献できれば、本当にうれしいです。また、私が本学で定年を迎えるまで、残すところ3年半ほどの期間しかありませんから、革新的材料などの基礎研究に関しては、研究室の研究成果を受け継ぎ、活かしてくれる企業を探したいと考えています。できれば大きめの企業に研究の種を残しておいて、いつか大きく発展させてもらえるような状態にしておきたいですね。技術の詳細については、以下を参照頂ければ幸いです。
東京工科大学 研究報告等
http://gsdatabase.teu.ac.jp/teukh/App?act=detail&gyoid=A140315161059001732
http://gsdatabase.teu.ac.jp/teukh/App?act=detail&gyoid=A130117144849053993
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