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2020年工学部長メッセージ

2020年1月10日掲出

「あなたの思いが未来と価値を創造する」山下 俊

工学部長 山下 俊

 工学は自然科学の知識を活用して新たな価値を創造する学問です。自然科学は人間の主観によらず客観性に基づいて様々な現象の法則性や原理を明らかにする学問であり人間と対局をなしているという印象を受けますが、工学によって価値を生み出すためには人間が密接にかかわっています。

 たとえば2019年のノーベル化学賞は吉野彰氏が発明したリチウムイオン二次電池に与えられました。リチウムは金属元素でイオン化しやすいことは自然科学の原理として知られており中高生でも実験室で観察することができます。しかし容器の中のリチウムの酸化還元反応の実験は単なる自然科学の観察にすぎません。これを電池としてエネルギー貯蔵の技術とみなそうと考えた瞬間、そこに工学的な価値が創造されます。自然の摂理は万人が等しく享受することができますが、工学的な価値は「人間が思う」ことによって作られるのです。

 技術者が新しい材料を生み出したり、優れた機械を生み出したりするなどの「ものづくり」は決して自分一人でできるわけではありません。設計する人、材料供給する人、生産する人、制御する人、デザインする人など様々な人の協力なくしては実際のものづくりはできません。そのような意味においても工学と人は密接にかかわっています。純粋な自然科学においてすら、一つの発見に至る過程において多くの人との議論や検証があり、人と人との交わりの中から発見や発明がなされています。

 ところが、高校に進んで、文系?理系に分かれるとき、文系は法律や経済などのような人とかかわる仕事、理系は人間社会から隔絶されて純粋に自然の摂理に向き合う仕事、と思っていませんでしたか?実は私自身も高校生のときには、自然科学には人間のような俗物を超越した真理と美学があると心惹かれこの分野に進みましたが、長年の研究生活の中であるときは人に助けられ、あるときは人に貢献し、それによって研究が発展を遂げ「やっぱり最後は人だ!」と実感させられることが多々ありました。

 近年の高等教育(大学等での教育)改革においても文理融合が進められようとしています。大学での学びはこれまでの教育とは異なり、答えのないものに取り組み自分でその解決法を見出すことを学びます。そのためには「高度な専門的知識をもちつつ」、「普遍的なものの見方のできる能力」をあわせもつことが重要です。本学の理念には6つのラーニングアウトカム(国際的な教養、実学に基づく専門能力、コミュニケーション能力、論理的な思考力、分析?評価能力、問題解決力)が掲げられ、工学部ではその理念を実現するためにサステイナブル工学教育、コーオプ教育、グローバル工学教育の3つを柱とする特長ある教育を行っています。グローバルなものの見方と人間力を養うことにより優れた成果をあげ、国内でも高く評価されています。

 さて、工学によって生み出される価値を決めるのも勿論「人」です。どんなに優れたものを作っても他人にとっては興味がないこともありますし、逆にどんなに小さな発明であってもそれを喜んでくれる人がいれば心が満たされるものです。我々は科学者であるまえに人であり、人は「思う」からこそ人であります。皆さんが将来優れた工学的能力を身に着け優れた技術を生み出したとして、それをどのように使いたいと「思う」か、それがそのものの価値を決める上で極めて重要です。たとえば核分裂反応を発見したとき、それをエネルギー資源として使おうと思うか、兵器として使おうと思うかによってその後の価値は大きく異なるでしょう。また学問の道に進む前になぜ工学をやりたいのか、何のためにやるのか、そこで何をしたいのか、若く自由な頭を持っているあいだにぜひ「思い」描いてみていただきたいと思います。「思い」は決して与えられることはなく自分で自由に決めることができるものであり、それ故に自分の「未来」と「夢」を自在に描くことができるのです。あなたの「思い」で持続的成長可能な未来社会を築くサステイナブル工学技術を実現させてみませんか。

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