昆虫や鳥の飛翔メカニズムを明らかにして、小型羽ばたきロボットなどの新たな空飛ぶ機械を開発したい
2022年9月16日掲出
工学部機械工学科野田先生
生物流体力学を専門とする野田先生は、昆虫や鳥などの飛翔メカニズムについて、実験や数値計算などによって解明しようと研究されています。また、生物の持つ優れた機能を工業製品などの機能向上に役立てる生物規範工学の研究にも取り組んでいます。今回は、先生のこれまでの研究例や今後の展望についてお聞きしました。
■先生のご研究についてお聞かせください。
ひとつは、昆虫や鳥など羽ばたき翼を持つ飛翔生物の飛翔メカニズムを解明しようと取り組んでいます。2通りのアプローチで研究を進めていて、ひとつが目に見えない空気の流れを見える形にして捉えるという実験的なものです。例えば、生物が飛行しているときに、煙を流したり細かい粒を流してそこをレーザーで照射したりすることで、翅周りに生じる空気の流れを可視化することができます。もうひとつのアプローチとしては、空気の流れだけを目で見ても、実際に鳥や昆虫の飛翔で、どういう力が生じているのかは限定的にしかわからないため、複数の高速度カメラを使用して生物の飛翔を撮影し、そのデータをもとにパソコンで空気の流れを計算しています。具体的にはCFD(Computational Fluid Dynamics:数値流体力学)と呼ばれている技術になります。このように空気の流れを包括的かつ定量的に捉えることで、それぞれの特徴が数値としてわかり、より細かい評価がしやすくなるのです。飛翔メカニズムの研究で私が特に注目しているのが、昆虫は翅を羽ばたかせて飛ぶのに、なぜ安定して飛べるのかということです。その原理はいまだ明らかになっていないので、解明しようと取り組んでいます。例えば、飛翔している昆虫を観察すると、翅が変形するだけでなく胴体もわずかに振動していることがわかります。その胴体の振動が、どの程度、飛行に影響するのかをスズメガの飛翔を観察し、数値モデルをつくって、計算して調べました。具体的には、流体の解析と胴体の連成解析を行ったのです。その結果、胴体は柔らかい方が飛行姿勢を安定させるとわかり、胴体の柔軟性やそれに伴う微小な振動も安定飛行のキーポイントになり得ると明らかにできました。
その他、トンボの飛翔についても研究しています。トンボは前の翅と後ろの翅が別々に動きます。パソコンで数値計算すると前の翅から出た空気の流れを後ろの翅がうまく利用し、それが体重を支えるための力を増やしているタイミングがあるとわかりました。
また、生物規範工学分野の研究として、生物の多様で優れた特徴や機能を工学的に応用する研究にも取り組んでいます。「自然界に学ぶ設計思想(バイオミメティクス)」と呼ばれるもので、私の専門である流体分野の例では、新幹線が高速でトンネルに入るときの騒音を減らすために、カワセミのくちばしの形状を応用した例などがあります。カワセミは、魚を獲ろうと水に入るときにあげる水しぶきが極めて少ないことで知られており、その形状を流体的に応用したわけです。私が取り組んでいる研究としては、例えばフクロウの羽の微細構造などを応用して、ドローンの騒音を低減させようというものがあります。フクロウは静かに空を飛ぶことができると知られています。その理由はフクロウの羽の構造にあるのですが、その構造を例えば飛ぶときの音がうるさいドローンに応用して、静音化できないかと挑んでいるのです。
生物は人間よりも長い時間、生きてきて、進化の過程でそれぞれ生存戦略として構造的な特徴を環境などに適合させてきたと言えます。今は電子顕微鏡の発展により、とても微細なところまで見ることができるようになったので、そういうものを使って観察し、フクロウに限らず、色々な生物や植物の特徴的な構造を学ぶことで、流体機械や人間が使う機械に応用して、不便を減らしたり効率を上げたりすることを探しています。
■先生がこの分野に興味を持ったきっかけとは? またどんなところに研究の面白さを感じていますか?
実は飛行機や昆虫が特別好きだったということではないんです。機械に興味があって、飛行機やヘリコプターなどがどういう理屈で飛んでいるのか原理がわからなかったので、大学ではそれを学べたらと工学部の機械工学科に入りました。そこでは、いわゆる四力(熱力学、材料力学、機械力学、流体力学)と呼ばれる基礎の力学を学ぶことになるのですが、その中で一番興味を持ったものが流体力学でした。計算することで見えないものが見えるということに面白みを感じて、流体に関する研究室に入り、音速を超える流体の中に置かれた物体の周りに生じる空気の流れを可視化する研究に取り組みました。具体的には、ロケットの先端の形状をすごく小さくした模型をつくって、そこにマッハ2(音速の約2倍)の空気の流れを与えて、その模型の周りでどのような流れが生じるかといったことを研究していたのです。昆虫の飛翔を研究対象にしたのは、修士課程からです。それまで扱ってきた速い空気の流れではなく、もっと遅い空気の流れの方が現象として複雑で面白そうだと思い、昆虫の飛翔の研究をするようになったのです。
研究をしていて面白いと感じるのは、やはり目に見えない空気の流れなどが、実験や計算によって目で見える形にできるところですね。また、生物はとても多様ですから、昆虫の種類によって飛び方が違いますし、それを色々と調べていくことにも面白さがあります。
■今後の展望をお聞かせください。
純粋な興味として、生物がどのようにして空を飛んでいるのかを知りたいと研究しているわけですが、研究成果の社会的な出口としては、そういう昆虫の飛び方を応用した小型羽ばたきロボットを開発できればと考えています。ドローンのように回転する羽よりも羽ばたいて飛ぶロボットの方が突風に対して強く、安定した飛行ができると考えていますので、災害現場などでの要救助者の捜索や物資の運搬で役立つのではないかと思っています。また、昆虫が特殊な状況にあるときの空気の流れを見たり、計算したりして、ドローンに代わる空飛ぶ機械を開発できたらとも思っています。特に注目しているのは、トンボが連なるようにくっついて飛んでいる瞬間です。それはトンボのライフサイクルからするとほんの一瞬ですが、非常に安定して飛んでいる様子をたびたび目にしてきました。トンボはもともと翅が4枚ありますが、2匹がくっついて飛ぶとき、翅は合計8枚になります。このように生物のかなり特殊な飛行の特徴を抜き出すことで、今、普及しているドローンのように4枚の羽が回転して飛んでいるものよりもっと安定した良い飛び方ができ、さらに少ないエネルギーで飛ぶことができる可能性がないかを探っていきたいと考えています。
一方で、課題もあります。もともと昆虫などの飛翔生物が飛ぶときの空気の流れを解析するための撮影は、昆虫が我々の目に見えない速度(1秒間に数回~数百回)で羽ばたいていることによる難しさがある上、特殊な飛行の瞬間を撮影するとなると、より一層困難を伴います。本学に近い、立川市の昭和記念公園にトンボの湿地があったりするので、こういった場所を活用して学生さんと一緒に撮影に行けたらと考えています。そういう意味では、研究で屋外に出て、昆虫を捕まえたり撮影したりするので、他の機械工学科の研究室とは少し違った体験ができるかもしれませんね。
■学生への指導で心がけていることはありますか?
配属された学生さんには、自分の興味のあることを対象に研究してもらえればと思っています。例えば、過去にある生物の特徴的な構造が流体的にどういう効果があるのかを知りたいという学生がいて、共に研究しました。私自身はその生物のことを全く知らなかったのですが、学生自身は興味のある生物をピックアップしているので、その生物に対しては私より知識があることが多いです。ですから私は学生に知らないことを教えてもらい、逆に私の方では空気や水の流れの計算ができるので、それをサポートしました。そんなふうに学生さんからの提案で、一緒に研究に取り組める環境を構築することが一番良いと考えています。また、今は機械の分野でエンジニアになるにしても、幅広い知識が必要になります。それこそ流体系へ進むなら、流体の知識はもちろん制御や熱の知識も必要になってきます。ですから、在学中に幅広い知識を取得して欲しいですね。それから学生の間は、自分の興味のあることに取り組むのが一番ですから、それを学生のうちに見つけてもらいたいです。ただし、専門だけにどっぷりつかるのではなく、より幅広く、多角的な視点で物事を見て、どこに行っても通用するようなエンジニアになって欲しいと思います。
■最後に受験生?高校生へのメッセージをお願いします。
本記事を閲覧している受験生?高校生の皆さんは大学進学を視野に入れて勉強している最中だと思います。また、学部?学科の選択に悩んでいる方もおられると思います。私は大学進学の際は将来やりたいことやなりたい職業が明確にあった訳ではなく、受験のための勉強に意味を見出せないこともありました。しかしながら大学入学後、特に研究に着手した際に物事を様々な視点で観察?理解することは大変重要であることを感じました。また、その際に高校時代に得た知識というものが役に立つことが多々ありました。まずは勉学に限らず高校生活で学んでいることが将来きっと自分自身の力になることを信じて、様々なことに自発的に取り組んで欲しいと思います。その中でぼんやりとでも自分の将来像を固め得ることを願っています。今日、お話ししたように、私の専門は生物流体力学といい、普段は目に見えない昆虫や鳥の羽の周りの空気の流れを調べることです。これは機械工学で学ぶ基礎的な学問である「流体力学」に基づいて様々な飛行現象を調べることになるのですが、この他に、生物の飼育方法、神経や筋肉の観察方法、高速度カメラによる撮影方法、空気の流れを計算するためのプログラミングなど機械工学で学べる範囲であったりそうでなかったりと様々な知識が必要になってきます。また、本学ではサステイナブル工学を掲げ、将来的な地球の在り方である「持続可能な社会」の実現のために必要なことを学びます。生物の空気の流れを細かに観察することで、効率の良い風車などの流体機械の開発に貢献し得て、ひいてはサステイナブル社会への貢献も期待できます。まったく異なるように扱われる問題においても、多様な視点を得ることで新たな効果が期待できます。特に、工学の分野のみならず様々な問題に取り組まなければならない今日のエンジニアとしての将来を考えている皆さんには、どこでどのような知識が役に立つかは予想できない部分があります。自分の中の引き出しを増やせるように様々な学びに積極的に取り組んで欲しいと思います!
■工学部機械工学科:
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